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琴音の煉瓦刻印発見録♪ ブログトップ
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琴音の煉瓦刻印発見録♪『岡田煉瓦~長谷煉瓦☆』 [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『明治から続く煉瓦工場なら古い煉瓦もあるっしょ?』

 

 う~ん・・・実に安易な発想で行ってきちゃいました

 見に行って来ちゃいましたw

 

 ではではそんな現役煉瓦工場巡りの旅、はじまるっす~~(/・ω・)/

琴音の煉瓦刻印発見録♪岡田煉瓦~長谷煉瓦.jpg 

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 さてやって来たのは名鉄西尾線の米津駅

 

 なんでココかってーとー・・・

米津~亀崎.jpg

 ココからココまでの距離を歩くからだよw

 

 折り畳みチャリでもあればもっといいんだけどお、仕方ないね!(貧乏女子ですから)

 

 さて何故ここを起点に選んだかと言うと簡単に説明しますね^^

 

 この付近は大まかに言えば『西三河』っちゅー地方っす。

 愛知県は尾張地方も東三河地方もどこをとっても『陶器』などの窯業が昔から盛んな地域っす。

 

 でも特にこの西三河の一帯こそが、

 明治から数多くの煉瓦工場を生み出し、そして消えて行った 『日本の煉瓦工場のメッカ』っつー訳なんよ(*´д`*)

 碧南・高浜、西尾に安城。

 ここを横断すれば煉瓦工場にぶつかるのだ!

 

 その中でも今日は3つの煉瓦工場を巡りたいと思いやす。

 

 そのどれもが明治大正創業であり、かつ現役。

 もしかしたらば自前の古い煉瓦を今でも残してるんじゃないかと思ったのでピックアップしてみやした☆

 

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 ん?おや?駅前の商店脇に怪しい煉瓦発見☆

 何だろね?コレ(一応刻印は探す)

 

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 その後はひたすら歩きますw

 ぶっちゃけなんもねーw

 広がるのは地平線ですよ地平線w

 

 でもね?

 美味しそうに実った野菜たちが延々と向こうのほうまで広がってる訳ですよ。

 多分、土地が豊かなんだと思うんだ。

 肥沃な大地なんだろうねここらへん^^

 

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 さて1時間以上は歩いたでしょうか?

 煉瓦マニアならば『おや?』って思う看板が目に入ったとです!

 

 そう、今回一発目の目標は『岡田煉瓦製造所㈱』

 創業は明治30年。

 明治から稼働して今なお現役の煉瓦工場さんです^^ 

 恐らく現役としては最古参の煉瓦工場のひとつだと思うっす。

 半田赤レンガにノリタケの森、

 愛岐隧道群や浦賀ドッグなどの歴史的遺産にも数多く関わったとこっす♪

 

 は~ん。そんなマニア垂涎の煉瓦工場が見れちゃうのか~(*´д`*)

 

 っつーことで、

『ここ入る→』って目印を目標にレッツ岡田煉瓦☆

 

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 は~ん(*´д`*)

 いかにも煉瓦工場っぽい煙突が見えてきたー(とろけそう

 

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 近づいて見れば工場の周りには岡田さんのイマドキ煉瓦ちゃんが所狭しと山積み☆

 

 ーーーさてっと、

 私道を行き交うフォークリフトの邪魔はせぬように、ささやかに脇から工場近辺を見まわしますよ(今回はアポもなにもとってない。市の小学生とかには工場見学なんかもあるらしいと聞いたけど)

 

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 建屋を取り囲む用水路には煉瓦の擁壁。

 余裕があれば『昔からある煉瓦ですか?』ってお声がけさせていただこうかと思ったけど自重。

 こっそり刻印の有無をうかがったけどお、特にそれらしいものは無かったかな^^

 

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 ん?

 なんか煉瓦造りの(土台部位が)祠がありゅう(*´Д`)

 どちらかというと煉瓦の手洗いシンクの方も気になったけれどパス。

 

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 安全祈願の祠なんでしょうね^^

 煉瓦自体は古くも無い感じ。

 

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 工場自体は波型のトタンの外壁かな?

 よくある工場の外観。

 

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 煙突は煉瓦色だけどどうなんだろうか?

 あんまり昔の物は(特に煉瓦)残ってないのかな?

 

 それでも工場周りをグルっとしてみればーーー

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 取り囲む用水路の擁壁は色々なバリエーションを見せてくれたよ^^

 新旧色々と岡田さんの煉瓦が使われてるみたいね。

 刻印探ししちゃろうかと思ったけど今回はやめておきました。

 だっていつかじっくり工場見学させてもらおうかなーって思ってるので☆

 

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 これは半田赤れんがにあった岡田さんのかつての工場風景(カラー化してみた)

 日本屈指の現役最古参煉瓦工場にやっと出会えてちょっぴりハッピー♪

 

 私は意気揚々と次の煉瓦工場を目指すことにした。

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 そこから歩くこと1時間でしょうか?

 大きな河川にぶち当たった。

 この時点では『川』って思い込んでいたけれど実は『油ヶ淵』って言う湖沼だったみたい^^;

 何でも徳川家康の時代に開削で出来た沼とのこと。

 それは歴史の変遷を経て海へとも繋がったそうです。

 かつて明治期の煉瓦製品の運搬は舟運が主流でした。

 もしかしたらばここを通って岡田さんやその他の西三河の工場製品は東京などにも流通したのかもしれませんね^^

 

 さてここまで歩きどおし・・・

 お腹もペコペコ。

 水分すら補給してなかった私^^;

 だけんどもさー

 コンビニとかも飲食店も全然ないのよw

 ようやく幹線道路付近で見つけたコンビニに飛び込んだ私は

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 清涼飲料水を購入してグビグビ。

 んはー!

 五臓六腑にしみわたりゅうううううw(*´д`*)

 

 さてさて第二の目的地が近づいて来ました(つっても岡田さんとこから結構歩いた)

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 うごおおお!

 何か古めかしい煙突が川向うにみえりゅ(*´д`*)

 

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 うぐう・・・

 でもあの水門って人は通れるのかな???

 ココを通れれば真っすぐ目的地。

 でもでも渡れないとなると結構な遠回りを強いられそう・・・^^;

 

 道があったらいいな。

 無かったらめんどくさーって川べりで右往左往してたら

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 すぐそばの空き地に煉瓦の残骸が!

 もしかしたらばかつて何か建物が建ってたんじゃないかなココ。

 

 いやそんなことより向こう岸へだっ!

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 心配は余計なことだったみたい。

 きっちり人道も整備されていました(しかも目標に直結!)

 

 渡り切った自分を最初に迎えてくれたのはーーー

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 これは絶対古いっしょ!って思われる煉瓦の煙突でしたっす(*´д`*)

 帯鉄補強はされど、見るからに昔の煉瓦。

 今も使われてるのかな?

 

 せっかくなんで工場周りをグルっとしてみやしょうず(*´д`*)

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 工場の土台部位は石積みではあるんだけれど、

 所々に煉瓦が組み込まれていました。

 

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 刻印無いのかな?と背伸びして覗き込めばシワシワの古き機械成型の煉瓦面☆

 

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 かと思えば、イマドキっぽい建築用煉瓦の刻印と言うかロッドが刻まれた煉瓦なんかも。

 

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 古い名残もたくさん☆

 

 煉瓦工場のご近所(っつーか目の前の別の工場)の垣根にはーーー

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 耐火煉瓦や焼きムラが出て廃用となった煉瓦なんかも散見。

 もしかしたらこの工場のおすそ分け?

 

 さてこの煉瓦工場とはコチラ↓

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『長谷煉瓦㈱』

 

 創業はいつからなのかな?って調べたんだけど、会社概要には特に年代が載ってなかったの^^;

 長谷さんの製品通販部門の記載には『100年を超える煉瓦つくりーーー』って記述されてるから明治後期から大正4~5年かな?

(※愛知県下の煉瓦工場の消長って資料には昭和36年に同名でほぼ住所も同じ長谷煉瓦が出てるんだが・・・)

 

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 まあ~何にしても、歴史のある煉瓦工場の周りには『自社製の古い煉瓦の痕跡の可能性はアル』って見えてきた感じ。

 これなら煉瓦工場跡や現存煉瓦建築以外でも刻印の出どころを探る『ひとつの』ヒントに成り得ることが見えてきたような気がするっす^^

 ま、わたしってばただの古煉瓦好きの女子なだけなんだけどねw

 

 さて次回は最後の目的地へ!

 そこには『レンガ坂』なるものが存在します。

 数々、日本にあるレンガ坂とか煉瓦通りって地名を渡り歩いて、そのたびにガッカリしてきた私だったけどーーー

 はあー納得!って場所でしたっす^^

 

 ではではまた今度っす(*´д`*)

 

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琴音の煉瓦刻印発見録♪『愛知県安城市アンフォーレの刻印☆』 [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『偶然の賜物』

 

 実は関東の明治初期の煉瓦建築ってのは愛知県の煉瓦工場製品に、けっこーお世話になっちゃったりしてるんだけどー

 それを調べていくうちに

『愛知県に現存する煉瓦工場とかちょっと見たいかも☆』って思ったんすよ。

 んじゃ~位置ゲーの育成(レキシトコネクト・駅メモ)も兼ねて遠征すっか!ってのが今回の物語り。

 

 そしたら煉瓦工場にたどり着く前に素敵な出会いがあったとです(*´д`*)

 

 ではでは愛知県煉瓦工場訪問ぶらり旅、序・破・急の序編、スタートっす☆

琴音の煉瓦刻印発見録♪・安城市アンフォーレ.jpg

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 新幹線こだま号をかっ飛ばしてやって来たのは三河安城駅

 今日はここからスタートして、電車乗り継ぎ~の、ガチ歩きし~ので、最終的には名古屋から新幹線で帰る予定だすー(*´д`*)

 

 さて本来ならば東海道本線に乗り換えて一駅目の安城駅で下車して、そこから名鉄西尾線の南安城駅まで歩いて西尾線に乗り込む予定だったんだけどーーー

 

 手にしたスマフォのマップに『クラボウ安城工場』ってのが目に入っちゃってさー、

 クラボウって言ったら『倉敷紡績』

 紡績工場っつったら『煉瓦構造物の可能性デケーはず!』

 ・・・と、

 結局、そこへと寄り道しつつ全歩きすることにしちゃったのだw

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 デザインマンホール何かをパチリとしつつも地味歩き。

 するとーーー

  

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 お目当てのクラボウに到着。

 到着したのはいいんだけど煉瓦的には不発でしたw

 

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 さてっと、気を取り直して先へと進みますよん^^

 

 三河安城から安城駅まで到達。

 その道中『古い建築物とか無いのかしら?』って探すも、あんまし無い感じ^^;

 

 中心街までやってくるとーーー

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 いかにもイマドキ近代物件が目の前に現れました。

 正直『市か民間の複合施設的なブツでしょ?』と、興味なく通り過ぎる予定だったっす。

 

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『アンフォーレ』ですかそーですかーってねw

 

 でもね?

 ここで鬼太郎の妖怪アンテナならぬ私っちの煉瓦アンテナがピンッ!って反応したんすよっ!(4月から始まった新作ゲゲゲの鬼太郎の猫娘可愛い過ぎるでしょw)

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 おや?

 建物外溝の歩道部の煉瓦ちゃんだけイマドキ煉瓦っぽく無い!?

 ---ってさ!

 だって外壁の煉瓦タイルとどう見比べても味があり渋さがある煉瓦ちゃんでしょーこれ(*´д`*)

 

 んあ訳で、

 往来激しいんだけどカメラ構えてその煉瓦ちゃんを見てみたよ!

 

 そしたらーーーー

 

 

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 ぐは!

 キタコレ!

 どう考えても煉瓦刻印☆

 

 ん?

 あれ?

 しかもこの刻印の風合い、

 どこかで見た気がすりゅううう!

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 こっちは『十二』かな?

 多分、煉瓦刻印の二重押し。

 

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 こっちも二十押しの『十六』の刻印。

 

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 こっちはシンプルに『二』

 

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 よくわかんねーw

 

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 十六二重押し

 

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 十九!

 

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 八!

 

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 三もあった^^

 

 その他にもいくつもの漢数字系統の煉瓦刻印が数多くあったとです。

 

 はあ~ん。

 もしたまたまこの道を歩かなければ、この煉瓦刻印と出会えなかったんだよね?

 正直、偶然の煉瓦刻印に出逢えたことに私は感謝したマジで^^

 

 さてと、

 このアンフォーレの煉瓦敷きは『いったい何なのか?』を検証っす☆

 

 まずはこのアンフォーレそのものは何なのか?からの説明をせねばなりませぬ。

 

 簡単に説明すると官民一体の安城市の複合施設

 その中には図書部門や公共ホール・イベント施設、広場や公園が付随した安城市の拠点ともなる建物っす(その他にはカルチャースクールやカフェ・スーパーマーケットなど)

 

 んでこのアンフォーレのあった土地は何だったのか?が気になった私。

 だってこんなに古そうな煉瓦が再利用されてるっぽいんだから『何か明治や大正期に煉瓦構造物が建ってた跡地なんじゃね?』って思ったからだわさ^^

 

 でもその憶測は調べていくと違ったみたい。

 

 ここは元々『安城更生病院』と言う病院が建っていたそうっす(昭和10年)

 それが2000年代にお引越し。

 跡地は更地として利用されずに放置プレーだったそうっす。

 

 それが紆余曲折を経て2017年に市の複合拠点施設として生まれ変わったと言うのが簡単な説明。

 

 ん~・・・どうやらこの煉瓦敷きと過去の建物は因果が無い?みたいね^^;

 

 さてさてその先も調べてみたよ。

 するとようやく見えてきました。

 

 ここを主に施工した清水建設のページを紐解くと~

『名古屋市で最初に建造された上水道施設・鍋谷上野上水場』の煉瓦構造物の再利用なんだって!(明治43年着工)

 

 ちなみに、その鍋谷浄水場の煉瓦ちゃんは名古屋の名城大学のキャンパス達にも使われているそうっす^^

(八事キャンパス・ベンゼン池。天白キャンパス・正面アプローチ。ナゴヤドーム前キャンパス・キャンパス広場など)

 

 ・・・古いものってさ?

 解体されたらゴミみたいにポイッ!ってなっちゃうじゃん。

 それがたとえ歴史的価値があっても経済面とか工事の工程で邪魔だからと簡単に霧散しちゃうことが多々ある訳ですよ(良くて埋め戻しとか)

 

 だから私っちってば調べていくうちにアンフォーレとか名城大学さんの『遺産の再利用』に深く深く感動しちった( ノД`)

 

 ああ・・・ん、名城大学の各キャンパスとか鍋谷上野浄水場にも行ってみたくなっちゃったじゃないバカーw

 

 さてさてさて、

 この漢数字の煉瓦刻印たちの『出どころ(煉瓦工場)』も、こうなってくると気になりますよね?

 

 それはこの後、偶然にも私が訪れようと思ってる現役煉瓦工場の製品のはず!

 

 恐らく明治から今現在まで現役稼働している煉瓦工場としては日本最古参の煉瓦工場へ!

 

 愛知県煉瓦工場巡りの旅、中盤戦へ☆

 



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琴音の煉瓦刻印発見録♪『太宰治記念館斜陽館、後編☆』五所川原市金木 [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『斜陽館の内側から煉瓦塀が見えないかなあ?』

 

 そう思った私は、手に持つ小さな傘から零れた自分の肩に積もった雪を払いつつ、

 引き戸をガララと開けるのでしたーーー

 

琴音の煉瓦刻印発見録♪『太宰治記念館斜陽館・後編☆』.jpg 

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 んじゃー斜陽館とつにゅーっす^^

 アダルト料金は500円。

 重文の見学料としちゃ、お手頃価格でありやすね☆

 

 さてっとこのまま行きたいところっすが、

 簡単にこの斜陽館のスペックをば^^

 

 太宰のお父ちゃん・津島源右衛門が明治40年に建てた入母屋造りの木造二階建てのお屋敷っす。

 

 え?入母屋(いりもや)って何かって?

 簡単に言えば切妻の屋根を天辺に抱き、一階部位の屋根などは四方へと屋根が広がる建築かしら?

 

 う~ん・・・これでも難しいって?

 もっと簡単に言えば二階建てのお城の天守みたいな感じかなw

 ではではおぼっちゃまだった幼少期の太宰が過ごした斜陽館へとレッツゴー☆

 

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 ん!?

 え!?

 いきなりのカウンターパンチを食らう私。

 まるで教室のドアを開けたら黒板消しが降ってきたような衝動。

 

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 だって玄関の土間からしていきなりステーキ(煉瓦敷き)のお出迎えだったんだもん(*´д`*)

 てっきり木造とか石とかタイル・・・だと思ってたからびっくらですよんw

 

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 早速入館券を買って見学開始!

 案外、お客さんが多くてびっくりしたよ^^

 

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 さてと、

 学校の渡り廊下かよ?ってくらい広くて長い土間からは仏間やお座敷など素敵な部屋が見えるのですが、

 わたしっちの目的は『あくまでも煉瓦ちゃん』

 

 それがーーー

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 摺りガラスの向こうに見えたよ^^

 

 えっ!?

 うわああ・・・まじか!

 かっちょええじゃないのさ(*´д`*)

 

 外から見た煉瓦壁はコーナーの矢絣と笠下のディンティル以外はいたってシンプルだったのに、

 内っかわはもっとカッコいい・・・

 

 雪でピントが合わないのが切ないけれど、

 控え壁にもふんだんに焼き過ぎ煉瓦も使われて表に無い魅力的な景観んんっ(*´д`*)

 帯鉄補強は後年に施されたのかな?

 でもそれすらも色合いマッチしてて素敵かも☆

 

『中庭に出れる所はないのかな?もっと間近で見てみたい!』と、

 色々屋内を探る旅がスタートっす^^

 

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 ふと、元・台所ってところに『煉瓦の釜』があるのに気づいたわたし。

 むう・・・ちょっと後年にレプリカとして再現された感、満載だけれども

 一応見ておかないとねw

 

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 おや?

 でも焚口は本物っぽい気が。

 煉瓦の平面が覗いているのでチェック!

 

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 う~ん・・・でもやっぱり再現したブツだろうなあ^^;

 

 さてお次はーーー

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 厠跡にやってきやした^^

 

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 何と!ここも煉瓦積み(*´д`*)

 長手面を上にしてるから刻印は無さそうだけれどもーーー

 

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 煉瓦の土間と壁の間にある石の表面には『怪しい紋様』が。

 擦れていて判別がつかにゃいけれど、

 もしこれが『鶴の丸紋』ならば津島家、つまりは太宰家の家紋の刻印なんだけどなあ(*´д`*)

 

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 さて一応、順路順に行きますよ。

 土間を抜けて内扉を一旦抜けてみると煉瓦の柱がお出迎え(*´д`*)

 

 そしてどうやら次は

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『蔵』らしいです。

 でも屋内だしー、内蔵ってことかな?

 

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 ぐはっ!

 蔵の腰回りは煉瓦ちゃんじゃないのさっ!(*´д`*)

 結構、太宰治のお父様って煉瓦好きだったんじゃないの???

 

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 この蔵の入り口にはタンポポマット(玄関マット)みたいに煉瓦敷きがありやした。

 

 ここで初めて煉瓦敷きの中に

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 煉瓦の平面を見つけた(*´д`*)

 念入りに刻印の有無を調べるんだけれど、それらしいものも無く意気消沈^^;

 

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『うーん・・・そもそも刻印なんてあるのかな?』

『どこの工場で焼いた煉瓦なんだろ?』

 ・・・と、私の中で更に疑念が増すことに。

 

 さてさて、

 実は内蔵はこの先にもうひとつ存在するっす。

 順路的にはそこまで行って折り返し、その後は木造家屋の一階二階のお座敷見学なんだけど、

 そこには『煉瓦刻印の有無』についてのヒントがあったんす。

 

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 元・米蔵にして太宰家最大の内蔵の前まで来たら(内部は現在、太宰治に関する直筆ものなど展示品がわんさか。こことあともう一つの場所は撮影NG)

 

 あらやだ。見慣れたと言うか懐かしいと言うか、

 煉瓦マニアの入り口で必ずお目にかかるようなイギリス積みとフランドル積みの違いが展示されてたよw

 

 そしてここにヒントがあった。

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 少しがとけたかもしんない。

 

 結構がっつりと煉瓦刻印探しに没頭したのだけれど、中々それらしいものにも巡り合わなくて何故なんだろうと思ってたっすが、

 ここにある斜陽館の煉瓦の説明版を見て自分なりに納得した。

 

 私はてっきり、こんな立派なお屋敷だから近隣の煉瓦工場から特注品の煉瓦などを注文して使用したんだと思ってた。

 

 でもどうやら『今現在の金木駅の裏手で焼かれた煉瓦』って言う記述を見て、

 少なくとも『工場』じゃ無かったっぽいね。

 

 簡単に言えば『この建物専用に一時的にもうけた煉瓦の窯場』で焼かれたものなんじゃないかと。

 となるとーーー

 わざわざ自前の煉瓦に社章などを施した刻印を打つ必要も無いわけない(会社や工場じゃないんだし)

 職人印・製品番号やロッド番号的な刻印を施す必要もないしね^^;

 

 そもそも一回限りの自前の煉瓦にブランドロゴを誇る意味も無いからね。

 でもまああくまでも『推測の域』なんでご理解を。

 もしかしたら刻印があるかもだかんねw

 

 さてっと、この他にも煉瓦を探しに行こうず^^

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 とりあえず順路順に靴を脱いでお座敷へ。

 すんごく床がピッカピカ!

 観光客がひっきりなしに歩くから摩耗されて?

 それとも手入れが良いからでしょうか?

 何にしても素敵な床っす(*´д`*)

 

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 囲炉裏のあるところは天井やっぱし高っけーなあーって上を見上げていると、

 

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 足元にはこんなものが。

『床下収納庫』

 

 思わず覗き込んでみれば

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 わふう~♪

 煉瓦ちゃんじゃないのさあ(*´д`*)

 

 やっぱり太宰さんのお父ちゃんは煉瓦好きだよね?

 だって煉瓦塀に建物の腰回りに床下まで煉瓦びっしりだものお☆

 

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 長~い素敵な廊下を行けば、窓越しに内蔵の外側部位が見えました。

 ん~でもやっぱり外に出られなそう^^;

 

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 さてさて二階へれっつごー^^

 

 ワオ!

 一階と違って様式なのね!?

 なんて素敵な意匠なんだろう・・・

 父ちゃんの趣味マジイケてる!

 

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 二階の窓からは裏手側になるのかな?

 そこにも太宰家を取り囲む立派な煉瓦ちゃんが高いところから俯瞰できたの

 

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 一階の屋根には煉瓦使用の煙突・・・かな?

 この下は台所付近だと思うし排煙のちっちゃな煙突さんだったのかも^^

 

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 本当はさ?

 魅力的な洋間や和室なんかもたくさんあったんだよ?

 でもね、

 やっぱり煉瓦塀を窓越しに見ちゃったんだw

 

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 結局、内側から素敵な煉瓦塀を間近に見ることは叶わずに見学を終えた私。

 

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 退館しても覗けそうな煉瓦部位は時間の許す限り見て回っちゃったw(これは建物表面の腰回り煉瓦の床下通気口部分。ロングレンジ撮影)

 

 所要時間1時間くらいって言ってたけれど、もっともっと見て回った気がするっす^^

 

 さて後は今日の宿(弘前の東横イン)に帰るのみなんだけどおーーー

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 列車を待つ間に金木駅二階にあるレストランで遅めの昼食っす^^

 駅前ののぼりに謳ってた『名物しじみラーメン』も気になったけれど、

 体が熱々の食べ物を欲してたから『鍋焼きうどん』を所望っす(*´д`*)ウメー!

 

 リンゴ餃子も一緒に食べてみたぞい!

 

 リンゴのみじん切りが入ってるのかな?

 食べた感じだと炒めたみじんリンゴちゃんが入ってるんじゃないかなあとは思うっす。

 ほんのり甘い感じで味的にライトな感じ。

 たくさん食べれちゃうような餃子だったよ^^

 

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 さあさあ、帰りの列車がこれまた素敵だったんですよ^^

 本当ならこれにて太宰治記念館斜陽館編は幕を閉じようと思ってたのだけれども、

 

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 タイミングよく帰路にやってきた列車は『津軽鉄道・ストーブ列車』だったんだよ(*´д`*)

 

 乗り鉄でもないんだけれど、記憶のどこかにこんな列車があるとは聞いていました。

 今まさにそれに乗れちゃうのだ☆

 早速乗り込めばーーー

 乗り込むと・・・

 

 うは!

 イカくせえええええええええw

 

 なんともはや。

 実は車内販売でスルメイカを販売してて、

 お客さんがご購入を決めたらストーブで炙って提供してくれるの^^

 

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 津軽平野を車窓に見受けながらゴトゴトゆらゆらのんびりと、

 炙ったスルメを噛み噛み味わい、

 お酒も味わえると言う、

 まさにのん兵衛御用達最強観光列車だった訳であるっすw

 

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 私は食べたばっかでスルメも日本酒も遠慮しちゃったけどさ?

 それでもお酒は頂かないとね(*´д`*)

 

 7時間強駆けてここまで来たけれど、それに見合うとっても素敵な旅路。

 そんな風に思えました^^

 

 お薦めはやっぱり冬。

 ぜひどうでしょうか?

 素敵な煉瓦と景色とお酒と情緒がきっと待ってますよ☆(*´艸`*)

 

 ではではまた今度っす(*´д`*)

 

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琴音の煉瓦刻印発見録♪ 『太宰治記念館・前編☆』青森県五所川原市 [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『ある意味本州の旅路では一番時間が掛かったかもw』

 

 いつか時間があれば行きたいなあ~って思ってた。

 でも所要時間がネックだったとです。

 下手をすれば北海道や沖縄の方が飛行機で早く着いちゃうくらい。

 

 今回の旅路は往復で15時間超^^;

 

 目指した先は青森の五所川原市

 そこにも素敵な煉瓦がありました(*´д`*)

琴音の煉瓦刻印発見録♪『太宰治記念館・斜陽館』.jpg

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 今回は大盤振る舞い。

 上野駅から新青森まで新幹線でビューン☆

 

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 車中での暇つぶしは当然コレ。

 位置ゲーのレキシトコネクト

 今回この娘を育成するための旅路でもあったりしやす(*´д`*)

 寝ないで出発しちゃったからいつのまにか爆睡してて全然捗んなかったけどねw

 

五所川原はどこ?.jpg

 さて、今回向かう場所はと言うと青森県は『五所川原市』

 何が名産?と問われれば、

 十三湖のシジミでしょうか?

 あと、漫画的(イメージ的)に『うっちゃれ五所瓦』w

 

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 新青森駅から奥羽本線に乗り換えて『川部駅』へ。

 本来ならココから五能線に乗り換えて五所川原市へと突入するんすが・・・

 

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 乗り換えまで約一時間^^;

 大盤振る舞い更に倍!で、タクシーのお世話になっちゃったw

 

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 到着したのが五所川原駅。

 ここでいっつも下調べがアバウトな自分を恨むことに^^;

 なんと私っちの目的の場所は、どうやらこの更に先の駅みたい・・・

 

 でもそこを目指すには、ここから更に超絶スーパーローカル路線『津軽鉄道線』でしか行けないとのこと^^;

 しかも目の前で電車・・・いや気動車だから列車か。

 それが丁度行っちゃったw

 

 本来なら我慢して次の列車を待つのが最善手なんだけどぉ、

 

DSCF4486.jpg

 更に強権発動☆

 目的地である『金木駅』へと到着っす(ニッコリ

 

 ・・・と言いますか、

 タクシーを乱用しても都内からここまでたどり着くのに『7時間』は掛かっちゃうのよ・・・

 だから今回の旅路は目的の煉瓦建築『一択』

 今までの旅行でこんなに贅沢な旅は他に無いかと思いやす(財布があぁ・・・

 

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 さてと行きましょうず早速ね^^

 駅構内にはこんなポスターが。

 太宰治、そう、

 ここは太宰治の出生地なんですぜよ☆

 

 詳しい解説は次記事に書くとして歩き出しやしょう。

DSCF4490.jpg

 今回の目的地は太宰の生家。

 のちに売却され彼の記念館を併設する旅館へと生まれ変わった場所っす(1998年、町が買い取り今現在はリニューアルオープン営業中)

 

DSCF4491.jpg

 駅から10分くらいかな?(静岡っ子なんで雪歩きに不慣れ)

 雪がますます加勢を奮い始めた頃ーーー

 

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 遠くに見えてきたよ!目的の場所がっ!!!

 

DSCF4493.jpg

 うっひょおおおおーーーっ!!!

 めっちゃ立派な生家&記念館☆

 っつーかこれっすよ!これこれ!

 

 とっても立派な旧家屋をぐるりと囲う『超絶すてきな煉瓦ちゃん』(*´д`*)

 これを、

 これだけを今回求めてはるばるやって来たのお(*´д`*)

 

DSCF4494.jpg

 その名も『国指定重文、太宰治記念館・斜陽館』っす^^

 

DSCF4495.jpg

 くわあ・・・天狗の鼻みたいに突き出してる立派な鬼瓦だよ。

 ん・・・もしかして、

 太宰治ってめっちゃお坊ちゃんだったの???

 

 本を読まない私だけれども、それでも彼の作品にはいくつか当然のごとく触れていたわけで、

 そこまで知らないってことは無いつもりだったけれどつもりだったのねw

 全然知んなかった^^;

 

DSCF4496.jpg

 さてここまで来たんだ。

 雪が頭に積雪10センチになろうが20センチとなろうが舐めまわしやしょうw

 なんせ後は弘前市に予約した東横インに帰るだけだかんね(とうとうポイントも22ポイントになっちゃった。無料宿泊二回分。いつ使おうかしら)

 

DSCF4497.jpg

 玄関口から左右を見ると、どちらも数メートル先までは腰の低い煉瓦壁に塔を構えた造りでした。

 全周全部煉瓦の高塀じゃなく鉄格子を噛ませているところが素敵っすね(*´д`*)

 

DSCF4498.jpg

 まずは煉瓦の高塀から見ていきやしょう^^

 

DSCF4499.jpg

 ん?

 おや?

 まさかのフランドル積みっすか!

 もしかして明治中期より以前の建物?

 青森くんだりまで来て素敵な出会いじゃんかあー(*´д`*)

(これは後編で種明かし☆)

 

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 見上げた笠下はディンティル(歯状、もしくは歯牙状)装飾も!

 

DSCF4501.jpg

 通用門は焼き過ぎ煉瓦をあつらって素敵なセグメントアーチ(*´д`*)

 素敵いー☆

 

DSCF4502.jpg

 そしてそして角っちょまで来たよ。

 

 実はかつて画像検索してこの部分が気になって気になって仕方がなかったんす。

 いつか見てやろう。いや見させて。いやいや見たいんですお願いしますハハーン・・・って

 ずっと恋焦がれていたスポットなんだあ(*´д`*)

 

DSCF4503.jpg

DSCF4504.jpg

 うう~ん!なんだろ?

 ただひたすらにカッコいい煉瓦塀の角と言えばいいのかしらw

 こんなん今まで見たこと無い。

 

 着物の矢絣(やがすり)みたいな斜めの異形煉瓦。

 そしてそれを囲む色違いの焼き過ぎ煉瓦。

 

 正直言いますと『金かかってんなあ~w』ですよこの装飾w

 

 だって昔は煉瓦塀っていくつも存在はしていたけれど、それでもやっぱり庶民にはそうそう手が出るものでは無かったんだよ?

 町や村の庄屋さんとか農商さんとか、議員さんだったり企業家の家とか

 やっぱりリッチマンじゃないと中々なせる煉瓦塀じゃ無かったはず。

 

 ましてや煉瓦装飾、更に普通赤煉瓦だけでなく焼き過ぎ煉瓦まで組むとなるとかなりお高くついてたはず。

 

 こんな金持ち煉瓦に囲まれてたのかあー太宰さん。

 坊ちゃんと言わずなんといえばいいのよw

(ちなみに太宰さんのお父ちゃんは元・衆議院議員っす☆)

 

 さて、ひがみはそれくらいにして調査調査w

DSCF4505.jpg

 道路に面した煉瓦塀と違って、

 脇に当たる煉瓦塀は造りが少し・・・いやだいぶ違ってたんす。

 

 あまり人様に見えない煉瓦塀かな。

 そこはフランドル積みではなくイギリス積み。

 しかもかなり雑な感じの目地。。。

 

 もしかしたらばーーー

 後年に積み直ししたのかもだけれども(モルタルが所々年代が違う気がする)

 表側は『見栄』

 サイドは『節約』だったのかもね^^

 

DSCF4506.jpg

 ちなみに一応雪そぼ降る中(いや、かなり降ってる中)

 刻印も探してみたよ^^

 だけど怪しい感じのキズすら特になかったっす。

 

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 さて正面から右手に当たる、同じく世間様からはそんなに見えない煉瓦塀の方にもやってきたよ^^

 

DSCF4508.jpg

 むう・・・

 んん・・・

 こっちは特にヒドイ・・・って感じ?

 まるで素人がモルタル塗りたくったような造詣^^;

 

 建設当時から存在していたのか分からないけれど、

『帯鉄補強』みたいなのが一本、煉瓦の壁を這っていたけれど、

 これじゃいつか崩れるか抜け落ちそうな気が^^;

 

 お父ちゃんが衆議院議員とは言ってもそこまでお金かけなかったのかな。

 よく言えば倹約家。

 悪く言えば〇チじゃないの!?w

 もしかしたらば事情があったのかもね^^

 

DSCF4509.jpg

 さて、7時間もかけて、

 このまま真っすぐ帰る訳がありやせんw

 

『もしかしたらば生家本体にも煉瓦が使われてるかも!?』

『もしかしたら屋内からこの煉瓦塀の内側が見えるかも!?』

 ---と言うことでえーーー

 

 次回は太宰治記念館・斜陽館の中へと潜入っす☆

 

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琴音の煉瓦刻印発見録♪『長野市に残る煉瓦たち後編☆』日本聖公会救主聖堂・宮下法律事務所・旧長野県庁書籍庫ほか [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『長野市の歴史は善光寺にあり』

 

 ・・・なんかブラタモリのお題みたいだねこれじゃw

 とは言え本当のこと。

 元々は善光寺の門前町として栄えたのがこの長野市(結構端折ってます)

 

 それが江戸末~明治の頃を迎えると善光寺の『元・所有地』の中に今の官公庁や監獄などが蠢くのです。

 調べていくととても面白い土地。

 その中には煉瓦建築なんかもありました。

 では長野編後半スタートっす^^

琴音の煉瓦刻印発見録♪長野市に残る煉瓦たち後編.jpg

 さて再びこの地図をば。

袖珍日本新地図・明治42年.jpg

 善光寺を北方に置いてそこから南へと広がるこの地域。

 特に南西部付近は今の官公庁舎がひしめき合います。

 

 この地図は明治の頃のブツですが、県庁などは微妙にお引越ししてたりします。

 今の信州大学教育学部付近に元々県庁があったけど(図だと黄色の区画イ)

 今はもうちょっと南かな^^

 

 長野監獄跡は前記事の通り、今は公園や長野地裁となっておりやす。

 

 長野監獄の沿革?としては、明治四年頃、元々善光寺の大本願上人(上人ってのはつまりは高僧。めっちゃ偉いお方)の旧隠居所跡を徒刑場として借り受けたのが始まり。

 火葬場も徒刑場も善光寺のお力を借りていたそうっす。

 

 怒られちゃうかもな表現だけどお、

 今ある長野市の区割りから生活からアングラな部分までそのすべてが善光寺から発したものだと思って間違いないんじゃないかな^^

 

 さて今回、

 ふらっと長野市に寄ったのだけれども、

 前情報で寄ってみたかった場所は『信州大学教育学部に残る県庁時代の煉瓦書庫』の一択。

 むしろこれだけが目当てでした。

 と言うか、それだけしか煉瓦建築や遺構は無いもんだと思ってたんすよね実際^^;

 

 それがどうよ!

 歩けば歩くほど広がる煉瓦ワールドじゃあ~りませんか!(*´д`*)

 後半は歩いてフラフラ見つけた煉瓦ちゃん達のお披露目でございやす☆

 

 さて県庁通りを真っすぐ進めばT字路になって突き当たったとこが信州大学教育学部なんすが、

 その周りにもあったんだよ☆

 

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 むひょー!

 どう考えても古煉瓦の教会(*´д`*)

 

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 日本聖公会救主聖堂???

 クリスマス前に訪れただけあってクリスマスリースが飾られていました^^

 

 沿革を調べてみてビビる私。

 なんと明治31年(1898年)建築の『長野県唯一にして最古の煉瓦教会』だとか(◎_◎;)

(カナダ人宣教師、ジョン・ゲージ・ウォーラー師建設)

 

 これは・・・見て行くっきゃないよね!

 っつーことで迷惑にならない程度に観察(*´д`*)

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 イギリス積み。

 縦窓の上部はクローバーと言うか雲形のファンシーな形状(*´д`*)かわいい

 

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 刻印も無いか見てみたよ!

 長野の煉瓦工場とか全然わかんないけど記録としてさ。

 

 見えるところにはそれらしいものは無かったかな?(すっごくザっと見ただけです)

 でも煉瓦の質感的に機械成型っぽかったと思う^^

 

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 ほんとは中も見たかったけれど、早朝だったので見送り。

 今度機会があったなら見せて頂こうかな(*´д`*)

 

DSCF3496.jpg

 さてと、大学の東端にあると言う煉瓦書庫を見ようと路地に入ったところ(彷徨ったところ)

 大学への方角とは真逆の遠方に煉瓦塀が見えた気がしたので寄り道。

 するとそれはやっぱり煉瓦塀ちゃんでした(*´д`*)

 

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 民家の煉瓦塀にしちゃ珍しい蛇腹積みの軒下を持つ素敵な煉瓦塀☆

 もしかして結構なお金持ちさんの塀かな???

 

DSCF3498.jpg

 ん!?

 えっ!?

 あれ?

 フランドル積みじゃんかあー!

 もしかして結構古めの建物???

 

DSCF3499.jpg

 ここまで来たならちゃんと見ないとね♪

 っつーことでレッツ刻印探しぃ~(*´д`*)

 

 するとーーー

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 ぬおお!

 なんか怪しいのが!

 で、でも、、、

 まだ一つだけじゃ刻印と確定できない(自分に言い聞かせ)

 

 他にも無いかと探ってみたらーーー

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 うごおおおあああ・・・

 同じような刻印が!

 これでほぼ刻印と確定でしょう^^

 

 ん~・・・でもなんて表現したらいいの?

 この刻印^^;

 

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 その他にはこんなものも。

 先ほどのと大まかには似てるのかな。

 

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 目地は覆輪。

 脇の煉瓦塀には木煉瓦も差し込まれてた。

 

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 名前を出していいのか悩みましたが法律事務所さんとのこと。

 建物の正確な年代は分かりかねるけれどお、

 明治から続いているようっす。

 恐らく明治初期~中期の頃の煉瓦塀なのかもしんないね!^^

 

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 さて、元師範学校敷地にて元県庁跡でもあり今は信州大学教育学部の端っこも端っこに到着。

 そこにはお目当ての旧県庁の煉瓦書庫(旧長野県庁書籍庫)があったよ(*´д`*)きたー

 

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 明治28年建設。

 明治41年、県庁の焼失からも免れ、

 主(あるじ)を変えてもなお残る貴重な煉瓦建築っす^^

 

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 後で聞けば『ご自由にどうぞ』だったそうだけど、目の前のチェーンが立ち入ってはいけない気がして遠方からの撮影のみで止めておきましたっす(あ~ん、もったいなーい^^;)

 

 さて目的のブツは遠慮しちゃってしまいましたが、

 善光寺に寄りがてら帰路につく途中でサプライズが!

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 途中、善光寺へと向かいそうな路地を発見。

 その入り口付近には古めかしい民家さんが。

 

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 裏参道的な路地側の、その民家さんの腰回りは焼き杉板。

 

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 ん?

 土台部の上側は煉瓦も使ってる!?

 

 しかも煉瓦を縦置き。

 煉瓦の平面が丸見えじゃない(*´д`*)

 

 せっかくだしと注意深く見て行くとーーー

DSCF3513.jpg

 あらやだ!

 二丁の市松紋様の刻印が(*´д`*)

 

 これ一個だけだったけれど、ここまでクッキリなら刻印で間違いないでしょうず☆

 最後に素敵なプレゼンツあんがとー(*´д`*)

 

DSCF3514.jpg

DSCF3515.jpg

 この後は善光寺の外回りだけを見て帰宅(お参りしねーのかよ!)

 いや・・・ゲームで距離を稼ぐ為に、この後

 金沢~米原~東京って電車を乗り継いだのはお兄ちゃんに内緒だおw(すんげー無駄遣いw)

 

 次回は横須賀の陸軍の煉瓦のトイレのお話っす☆

 

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琴音の煉瓦刻印発見録♪『長野県長野市の煉瓦刻印たち☆前編』長野監獄跡・製糸場跡ほか [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『遠くに行けば行くほど良い位置ゲー』

 

 っつーことである日、 

 レキシトコネクトと言うゲームの育成の為に私はふらりと長野県へとやってきた。

 

 ・・・正直、

 ふらりって距離じゃねーし!w

 二県飛び越える日帰りは煉瓦遺構探索ではままあるのだけれどおー

 たかがスマフォアプリゲーの為にここまで来ちゃったのは自分の人生的にどうなのか?ってとこでやんす^^;

 

 さて、

 もちろん当然『ふつーに長野に行こうだなんておもって無い』

 

 っつーことで、長野県。

 特に長野市の煉瓦ちゃんを巡るって意味付けして行ってきたよ^^

 案外魅力的だったので写真も多い。

 前半後半に分けて書き綴りたいと思いやす☆

琴音の煉瓦刻印発見録♪『長野市に残る煉瓦たち前編☆』.jpg 

DSCF3438.jpg

 新幹線で長野駅下車。

 ここに来る前にある程度は煉瓦遺構をピックアップしていたのだけれど、

 その道すがらにも結構思いもよらない出会いがあったよ(*´д`*)

 

 やって来たのは県庁へと向かう途中。

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 なんか前情報以外の素敵な煉瓦塀発見☆

 右も左も煉瓦!煉瓦な小道。

 左手の民地の壁はフランドル積みの煉瓦塀じゃんかお(*´д`*)

 

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 片や右手側は古めかしい佇まいの家屋と煉瓦支柱の門構え☆

 

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 よく門表を見やれば『天理教・・・』

 えっと・・・何て読むんだろ???

 

 調べた感じだと『天理教スイエンカリワケ教会』・・・みたい(自信なし)

 

 だけれどもこの建物の詳細はよく分からず・・・^^;

 分かることと言えば、天理教がこの長野の地へと広まり始めたのが明治26年~30・・・ってことくらいかなあ。

 少なくとも明治中期ごろの建物なんじゃないかと推測するっす^^

 

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 まあ~とりあえず煉瓦ちゃんをチェックしてみやしょうず^^

 

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 刻印はざっと見た感じ見つからなかったけれど、古煉瓦なのは間違いないっす。

 

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 対面の煉瓦塀とも質感が類似。

 元々、同じ物件所有者だったとかかな?

 

 そんなこんなで建物伝いに辿って行けばーーー

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 ぐっは!(◎_◎;)

 煉瓦の建物が二棟隣接してるじゃないのさ!

 

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 でもこっちは建築用にしては立派な特級・特1の焼しめた煉瓦ちゃんが使われていたよ!

 積み方は明治中期~大正期主流のイギリス積み。

 後年に建てられた蔵とかなのかなあ???

 

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 せっかくなので望遠で軒下を覗いてみる。

 ざっと見た感じ刻印は無いっぽい(本当にざっとしか見てない。民地の駐車場から覗き込んだだけなので)

 

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 さ~てもう一方の建物も見てみる。

 こっちは先ほどの建物と違い、

 躯体全般は普通煉瓦だけれど、角柱部位や軒下周りが焼しめ煉瓦ちゃんと言うお洒落デザインでしたっす^^

 

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 こっちもザっと見たけど刻印ポイのは見つからず。

 

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 回り込んで全体を見るとやっぱりお洒落建物じゃなーい(*´д`*)

 まあ、こっちが母屋なんでしょうけど、

 素敵な煉瓦物件に遭遇出来て私うれちい(*´д`*)!

 

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 さてそこを抜けて県庁を目指していると歯医者さんが。

 

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 そこにも煉瓦塀っぽいのがあったけど、イマドキ煉瓦ちゃんだよね^^;

 

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 でもその裏側は、そんなに新しいものでは無かったのですよ。

 

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 さて、中間地点として目印として歩いていた長野県庁に向かっていたはずなのに、どうやら少し通り過ぎてたみたい^^;

 

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 目の前には煉瓦の門柱が残る長野議会議員会館が。

 

 この門柱は大正3年に再建された会館の門柱だとか(初代は明治20年。焼失により22年再建。更に大正2年またもや焼失・・・

 どんだけ憂き目にあってるのよこの議員会館^^;)

 

 さてっと、

 今回の煉瓦遺構探索の最終目的地は、ここから先の善光寺周辺に点在しているのですが、

 この長野市の官庁が居並ぶ界隈にも煉瓦構造物が結構あったんだよ^^

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 県庁通りの大きな道の片隅には、名も知れぬ煉瓦の残骸(廃墟かな?階段周りや柱など)

 

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 そして道路の右手を歩いていた私だったんだけれども、

 長野地裁の庁舎が左手に見えたところで『ビビビッときた』

 

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 何じゃあれ???

 ぶっちゃけすんごい目立つ怪しい煉瓦ちゃんだよおう^^;

 オブジェじゃないだろうしぜってー昔の何かの名残だよね!

 

 せっかくなので立ち寄ろうっす☆

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 なんだろ???

 入り口だったようにも見えるし、

 何らかの水の通り場だったようにも思えるっす(中は閉塞してるけれど)

 

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 ん?

 

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 むう~・・・刻印と呼ぶには微妙な半月のくぼみ。

 でも欠けたにしちゃ綺麗過ぎかな。

 

 結局この時点では何の名残なのか意味不。

 これは過去を洗ってみる必要ありだわさ!

 

 ふと、 

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 先ほど渡ってきた県庁通りの向かいの方に煉瓦ちゃんが見えた。

 思わず元に戻ることにw

 

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 そこはひまわり公園と言う場所でした^^

 

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 よく見ると公園周りの煉瓦ちゃんは結構古そうな感じ。

 と言うかこの公園の敷地スペースも何かを匂わせる。

 

 昔、ここに何か建ってたんじゃないのかな?

 

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 とりあえずせっかくなので公園内に入ってみた。

 そこには時計塔が高台に建っていたの。

 

(この時はなんてことない公園内の立地だと思ってた。随分起伏のある公園だな~くらいにしか思ってなかったの。

 でもこの段差、調べていくとそうでは無かったみたい。

 

 今では均されているけれど、元々はこの段差自体無かったとのこと。

 それはここがかつて地震による『断層のズレで隆起した場所』なんだってさ!

 ※善光寺地震活断層跡※)

 

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 公園の丘までやってきたよ^^

 

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 するとそこにも公園の外周部のように煉瓦の露出する柵がぐるりと囲んでたっす。

 

 吹き付けが綻んでいるところを注意深く見ていくとーーー

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 これまた微妙なブツがw

『二』なのか『ロ』なのかハッキリしてよw

 

 さてその他も見ていくわたし。

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 ん~。正直言うと何かを断定するものは特になし。

 ただ単に古い公園なのかな?とか

 古そうな煉瓦ちゃんをたまたま再利用しただけかな?って思った。

 

 でもそれで終わったらただの散策。

 一応ここいらの成り立ちを色々と追ってみたよ^^

 

 まずはこの地図を見てね↓

袖珍日本新地図・明治42年.jpg

 これは明治42年に刊行されたこの市域をざっとだけど表した地図っす^^

(袖珍日本新地図)

 

 今現在の比較地図を乗っけてないから分かりずらいと思うけど、

 私が今いる辺りは『製糸場』と記載された『ヌ』と言う場所。

 

 これを見るとさっき居た煉瓦のプチトンネルみたいなやつは『二』と記載された『監獄署跡』だったみたい!

 

 と言うことはその名残の可能性高いみたいね(はい。名残です)

 製糸場跡=ひまわり公園に使われている煉瓦とはいかないけれど、

 少なくとも監獄所跡の遺構は間違いがないようっす^^

 

 さて前半はここまで。

 次回からは地図に記載されている『イ』と『ト』の場所へと行きますよん^^

 そこには善光寺や県庁の移転、長野監獄の変遷も関わってきます。

 ではではまた今度っす(*´д`*)

 

 


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琴音の煉瓦刻印発見録♪『JR水戸線・旧鬼怒川橋梁の刻印☆』 [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『旧国鉄と河川のクロスには煉瓦あり!』

 

 明治時代の国鉄・民鉄もまた煉瓦好き。

 駅舎やホーム、高架にトンネルなんかによく煉瓦が使用されたっすよね^^

 そして忘れてならないのが『橋梁』

 つまりは河川を越える『橋』にもよく使われたっす☆

 

 さて今回も引き続き茨城県はJR水戸線っす。

 

 いつも車窓から『あれって・・・ぜってー煉瓦だよな・・・』って思っていたところへ行ってきたよ(*´д`*)

 ではでは長いのでそそくさとスタート!

琴音の煉瓦刻印発見録♪旧鬼怒川橋梁.jpg

鬼怒川・川島・水位1月14日.jpg

 先ずはこの上のグラフを見てね☆

 これは河川の水位が表されたもの

 今は便利なもんで、家にいながらパソコンで任意の河川の水位が見れちゃうのよねえ^^

 

 んで、数値を見やればーーー

 何とマイナス3.80m!!??

 

 実は、これから赴こうと思っている場所ってのは

『川の中』なの。

 しかも水戸線と交錯する『鬼怒川』っす。

 

 今でこそ治水が充実しているけれど、利根川水系屈指の暴れ川であり、また中流域の水量は豊富な一級河川でやんす。

 約4m。これはもしかしたら大チャンス到来かな!?と、この時はほくそ笑んだもんさw

 

 冬場の水量の少ない絶好機。これを逃す手は無いと向かうことにしたよ(*´д`*)

 

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 やってきたのは川島駅

 鬼怒川を挟んで東側にある駅でやんす(東結城はその対岸の駅)

 

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 駅舎の北側には日本コンクリートや太平洋セメント。

 

DSCF4161.jpg

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 現路線の向こう側に、如何にも昔は線路がありましたよって感じのスペースがある。

 廃線マニアなら語るべき元貨物用専用線跡なんすが、

 私はあくまで煉瓦が目的なので割愛っすw

 

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 さてっと、鬼怒川へと向かいましょうず^^

 

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 線路わきを辿っていくと可愛らしい作業車が。

 でも先に行こうね(記事が増長しちゃうからさ)

 

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 水戸線の築堤伝いに道を歩いて行くと目の前が開けてきました。

 目の前に続くブルーの鉄橋は、鉄マニアなら知る人ぞ知る『鬼怒川橋梁』が。

 なんでもここを駆け抜ける列車の様が絵になるからとか。

 

 さて、確かに魅力的な長いブルーの鉄橋だけれども、私の目的はこの『今の鬼怒川橋梁』じゃないのさ^^

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 橋台をクルリと曲がるとそれはあった。

 

DSCF4173.jpg

 悪戯書きされちゃってはいるけれど、鬼怒川橋梁の北側に煉瓦の橋台の跡を発見っす☆

 

 これはまず水戸線の成り立ちから説明せねばいけませんね。

 水戸線の開業は1889年。つまりは明治22年。

 小山駅~水戸駅間と言う茨城県横断路線としてスタートしやした^^

 

 今現在の鬼怒川橋梁は『二代目』

 

 昭和38年の大洪水で破壊され、昭和40年に新たに建設されたものなの。

 そしてこの目の前にある煉瓦ちゃんこそ水戸線開設当初からの煉瓦の橋台跡。

 つまりは『初代鬼怒川橋梁の名残』なんすよ^^

 

 簡単な解説が終わったところで早速見て回りやすか(*´д`*)

DSCF4174.jpg

 明治22年の煉瓦構造物とは言え、フランドル積みではなく比較的強度の高い積み方イギリス積み。

 当時の流行の積み方よりも堅牢な積み方を選ぶ辺り、当時の施工者さんの職人魂を感じるっすね。

 

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 見た感じよく分からなかったけれど焼きしめた煉瓦ちゃんだと思う。

 角石は花崗岩かな?

 岩マニアじゃないので割愛w

 

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 刻印が見られそうなとこは・・・と見上げると、

 どうやら斜面を伝えば登れそうなので行ってみることにしたっす。

 

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 橋台の頂上に到達。

 

DSCF4180.jpg

 ふと後ろを見るとコンクリの基礎が残ってた。

 

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 上部はほとんどモルタルに覆われていたんだけれど、

 ヘリの部位は煉瓦の平面が露出。

 

 んじゃ、さっそくいつものいこーねw

DSCF4183.jpg

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 ん~・・・案外、刻印ぽいのも無い。

 そりゃ100年を超える建造物だし野ざらしだし、表面もすこぶる劣化していたっす^^;

 

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 よく見ると築堤部位と橋台部位には数センチの隙間が・・・

 元々ズレていたのか地盤沈降で離れてしまったのか。

 どうなんだろうね。

 

DSCF4188.jpg

DSCF4189.jpg

 裏手側には何かがあるのかな?と思って見上げるが、

 激藪じゃんかおおー^^;

 一応行けるところまで行ったけど、基礎のボルトくらいしか見つけられなかったっす^^;

 

 ---さて、

 実は私の今日の目的は当然ながらここじゃない。

DSCF4186.jpg

 冒頭から言ってるように、

 この先にある鬼怒川の中に見えた『得体のしれない構造物』が目的なのね(この橋台跡はあくまでもコース料理の前菜のようなもの)

 

 向こうを見れば丁度、二代目鬼怒川橋梁のが落ちていた。

 恐らくこの影のラインこそが『かつての初代鬼怒川橋梁の存在したライン』

 憶測が正しければ謎の構造物以外にも色々と見つかるかも!?

 

 私はワクワクして橋台を駆け下り鬼怒川の河川敷へと向かったのだ(*´д`*)

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 ぐうう・・・

 いきなり罠が^^;

 実は鬼怒川の河川敷までに小さな小川が存在し、わたしっちの行く手を阻むのだ。

 

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 でも大丈夫!

 私には野鳥の会の長靴があるからね!

 

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 ・・・ぐは!

 小さい川だと思って油断してたら案外川の底が泥で深かった^^;

 長靴どころか早速膝上までずぶ濡れちゃんですw

(あとで気づいたけど少し遠回りすれば小川を渡ることもなかった・・・^^;)

 

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 しばらく旧橋梁跡に重なる現橋梁の影を追っていくとーーー

 

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 おおおおー!

 来ましたね煉瓦ちゃんがあ(*´д`*)

 一応あるだろうな~とは思ってたけどあったか☆

 

 これは旧橋梁の橋脚跡。もしくはケーソンの上部っすね^^

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 一応、煉瓦刻印を探すものの、ほころび過ぎててよくわかんにゃい^^;

 んじゃまー、次に行きましょうず(現役線の橋脚数に対してずいぶんと橋脚部位が少ないのが気になる。こっちの河川敷にはこの一か所のみ)

 

 

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 さあ河川敷まで到着。

 私が車中から気になっていたのはーーー

 

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 あれです。

 あの川のど真ん中に残ってる如何にもな箱型の物体。

 まあ~どう考えても橋脚跡なんだけれどねw

 

 さてさて、目の前のブツまで渡れるのか?と思案していると、

 河川敷脇にあるものが目についた。

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 ぶはっ!(◎_◎;)

 こんなところに煉瓦橋脚跡がああ!!!

 

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 これは車中から気づかなかったなあ~

 

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 せっかくなので見ていくことにしましょうず(*´д`*)

 

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 随分と斜めってるのは、大洪水などで基礎部が洗われて沈降しちゃったんだろうね。

 

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 積み方は当然イギリス積み。

 

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 モルタルは随分と肌理の細やかなもの。

 

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 上流部位は石切りもありやした。

 

 んではさっそくー、

 いつもの刻印探しすっぞ(*´д`*)

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 あ~ん、この手の橋脚跡としては、かなりの煉瓦の平面が露出しているにも関わらず、

 結局それらしいものも見つかりませんでした^^;

 

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 それじゃいよいよ行きますかあそこに!

 マイナス3.8mの絶好機!

 

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 だけど河川敷から1メートルも離れてないのに膝まで来ちゃったのでやめちゃったw

 ゴム長じゃないと無理ゲーですね☆

 もしくは夏場に水着か(水の勢い半端ないからおすすめしません)

 

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 これからどうしよう・・・

 この探索、これでおしまい???

 それとも可能性を求めて対岸側から謎構造物にアタック?

 ・・・と、考えあぐねているとーーー

 

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 先ほどの煉瓦橋脚跡の少し上流に人工的な石がゴロゴロしてることに気が付いたわたし。

 

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 煉瓦もあるじゃん!

 

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 こっちも!

 

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 これも!

 思わぬ好機に大歓喜(*´д`*)

 

 ええ~でもさあ、これらの残骸って何よ?

 さっきの橋脚跡が散らばったにしてはおかしい。

 だって川の流れ的に上流に流されるってへんじゃね?

鬼怒川の河川敷.jpg

 水戸線ってのは確か元から『全線単線』なはず。

 複線だったなら、位置的にもその残骸って分かるんだけど・・・

 どーゆーことなの?

(可能性としては貨物線が幾つか存在したらしいし、もしくは大洪水時に渦が発生するらしいので単線の橋脚跡がここまで巻き上がったか。)

 

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 謎は深まるばかりっすが、せっかくこんなに煉瓦がゴロンゴロンしてるので見てこうね!(*´д`*)

 

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 随分と薄茶の煉瓦だなあ。

 

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 そして来ました!ハイ!

 

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 四角に大の刻印八犬伝!(*´д`*)

 

 〇に大の刻印は見たことあるけど四角は初めてかな?

 と言うか、茨城県で『大』って刻まれた刻印を多く目にするんだけど関連性あるのかな?

(水海道や小貝川とかで見た)

 

 その他にはこんなものも↓

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 最初はただの凹みかなと思ったけれど、

 

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 同じようなものが幾つか存在したので刻印の可能性大っすね^^

 でもなんて表現したらいいんかなあ。

 楕円・・・だけれど上辺と底辺の長さが扇形に近い刻印!

 って、なげーよw

 

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 さて、謎構造物が諦められない私は対岸までやってきた(国道50号まで迂回しなきゃいけないので目の前なのに40分近くかかった・・・)

 

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 橋梁名も書いてあったっす(なぜ平仮名なのよ・・・)

 

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 対岸には煉瓦の橋台跡も痕跡も無し。

 撤去されたって考えるよりも、

 旧鬼怒川橋梁は少しづつカント(斜め)しつつ現在線の場所に合流してたのかもね(東結城側は昔のまま。川島側は北に少しズレていた可能性)

 

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 河川敷までに、またもや小川が横たわってた!

 でも大丈夫!

 日本野鳥の会のブーツなら!

 

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 まあ・・・濡れないでも渡れるんですけどね☆

 ただ単に突入してみたかっただけなのさw

 

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 しかし・・・ここまで来たものの、やっぱりあそこには行けそうもない^^;

 コンクリっぽいけれど、見えない部分に煉瓦があるんじゃないかなあ。

 

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 さて、アレは断念した私っちではありますが、

 こっちにも煉瓦橋脚跡があるんじゃね?と、探すことに^^

 

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 あったのはレールくらいでした^^;

 

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 さて一応の探索も終了。

 川島駅に戻るよりも東結城駅に向かった方が早いと言うことで、泥を洗って駅へ。

 

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 レキシトコネクトのマップを見ながら歩いていると『田川』と言う河川にも水戸線がクロスしていることに気づく。

 そこまで行く体力も無かったので超望遠でチラリ。

 するとやっぱりここもまた煉瓦の橋台でした(現役)

 

 さて駅に着いたのはいいんだけど次の電車まで40分・・・

 だったらばと近隣を歩いて位置ゲーの育成で暇つぶし。

 するとーーー

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 火事!?

 

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 なんてことない、どんど焼きの煙でした(*´д`*)

 懐かしいなあ~

 子供の頃は当たり前にやってたけれど、実家のお母さんに聞けば『今はやってないみたいよ』とのこと。

 伝統行事が無くなっていくのは寂しいっすねえ。。。

 

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 帰りはプチ祝勝会☆

 いつものように焼酎ハイボールを飲んで帰ったよ(ロングシートだから恥ずかしいんだけどね!)

 

 次回は長野編っす☆

 


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琴音の煉瓦刻印発見録♪『JR水戸線・福原駅ランプ小屋の刻印☆』 [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『煉瓦探索してて初めて他人様に怒りを覚えた』

 

 今まで煉瓦構造物をカメラに収め、その行動に対して、

 道行く人の視線が冷ややかなこともあった。

 また興味を持たれて近づいてくださる御人も数多くいらっしゃった。

 

 ・・・でも今回ばかりは非常に腹立たしい出来事に遭遇したの。

 

 人の趣味はコアであるほどディープであるほど理解されにくいのですが、

『そこまでわざわざ言いますかっ!?』ってことがあったとです^^;

 

 怒りに任せて書きなぐりたいところではありますが、

 貴重な発見ですし、やんわりと書こうと思うよ(自分に言い聞かせ)

 ではではスタートっす。

琴音の煉瓦刻印発見録♪福原駅ランプ小屋2.jpg

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 やって来たのは最近お世話になってるJR水戸線の『福原駅』

 なんでお世話になってるかと言うと位置ゲー『レキシトコネクト』の育成でよく通るだけw

 

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 おや?

 水戸駅行きのホーム上に何か怪しい物件が見えてきたっすよ(*´д`*)

 

 さっそく近づいて見るとお~~~

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 じゃじゃーん!

 来ました『ランプ小屋☆』

 もしくは『危険品庫☆』

 

 ランプ小屋とは、まだ電化・電灯もままならない時代、明治大正期などに保線用の灯り・照明用の燃料など可燃性が高くて危険な物を収納しておく倉庫として造られた建物っす。

 特に煉瓦は耐火の面でとっても重宝されたそうっす。

 

 かつては国営鉄道の駅にはあたりまえにあったらしいんすが・・・

 今や全国でも煉瓦造りのランプ小屋は19~20数棟しか無いそう^^;

 

 いつもこの駅で下車してじっくり眺めたいなあ~って思ってたんすが、が!

 なんせJR水戸線は平均でも一時間に1~2本の運行しか無くって・・・(昼間は特に)

 下車したら次の電車が1時間後って考えると躊躇してたのだw

 

 でも今回はゲーム目的じゃなく『コレ』が目的。

 待ち時間を費やす用に雑誌も買ったのでもう完璧!

 ではでは舐めまわすように観察しましょうず(*´д`*)

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 見た感じ、特別な積み方はしてないね。

 でも正面は左と右で何故か違う。

 左手はひたすら長手積みなのに

 右手側は小口・小口・小口積み

 

 入り口の上面にはコンクリ。

 ん?

 おや?

 その隅っこになんかラベルっぽいのあんぞ???

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 建物財産標?

 どうやら特にかつての国鉄の建築物にはこのタグと言うかプレート表示が義務付けられていたみたいね。

 そこには建物の竣工年や目的などが刻まれているっす^^

 

 危険品庫1ってのはよくわからないけれど、

『T-2』ってのは竣工年だと思うっす。

 つまりはこのランプ小屋は大正2年に建築された古い建物ってことっすね☆

 

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 ランプ小屋は駅のホームと駅舎外に鎮座。

 

 ではでは、まずホームから見える部分で煉瓦ちゃんの刻印とか探しちゃおーっす(*´д`*)

 

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 !?

 ホーム側正面の軒下には特に目ぼしいものは無かったのだけれども、

 建物右手の側面の突き出した煉瓦ちゃんに紋様らしきものが!!!

 

 ズームアップしてみるとーーーー

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 ん!?

 間違いなく煉瓦の刻印!

 カタカナの『リ』と、後、なんだろ?

 わかんないけれど何かこのカタカナのフォントを見たことがあるような気がする。

 

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 もう一つはーーー

 これまたなんて表現していいのかわかんないんだけれども、

 こっちもかつて私は見たことあるような煉瓦刻印だなあ~と思った。

 

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 さて、PASMOをピッとして駅舎の外へ。

 周りは人っこ一人いない^^;

 ホーム側からは見えない部分も観察することにしようず。

 

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 入り口に対して丁度裏手に来ました(左手側面は何もなかったので省略)

 

 ここも薄いですが軒下の煉瓦の平面があったので、煉瓦刻印が無いかな~と覗き込んだ。

 すると!

 

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 !!??

 ぐは!

 二輪の輪っかの刻印

 つまりはかつて東京の葛飾区辺りにあった金町煉瓦(金町製瓦工場)の刻印じゃなーい(*´д`*)

 

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 こっちも薄っすらだけれども

 金町煉瓦の二重の輪っかにカタカナの『リ』

 

 先ほど見かけた怪しい刻印も、かつて金町煉瓦の刻印を見かけた煉瓦構造物にチラホラ見かけたものでもあったりしやす。

 

 ・・・と言うことは?

 少なくともこのランプ小屋は金町煉瓦製。

 もしかしたら他の煉瓦会社の製品も混じってるのかもしれないけれど、

 こんだけ見たことのある刻印が集まっている。

 つまりは先ほどの怪しい刻印も金町煉瓦の異種か亜種ーーーなんじゃないかな^^

 

 実はここに来る当初は、他の煉瓦会社の製品なんじゃないかとも思っていた(地理的に近い?下野煉瓦とか)

 でも意外な発見!

 

 ここまで煉瓦に関わってくると、小さな発見でも興味が尽きないの☆

 二重の輪っかの刻印以外にも金町さんは刻印をもってた!?とか、

 もしかしたら水戸線に扱われた煉瓦の橋梁なんかは全部金町製なのかな?うふふ(*´艸`*)ってね!

 思わずワクワクしちゃった(*´д`*)

 

 ここからは電車を待つ時間つぶしに用意した雑誌などには目もくれずに、このランプ小屋をカメラのファインダーにおさめ、

 時に自分なりに考察し

 そして何度もランプ小屋の周りをグルグルしてたのです。

 それは自分の趣味として『当たり前の至福な時間』だった訳っす^^

 

 でもそこに『悪魔がやってきた』

 

 私がニンマリ顔でランプ小屋にカメラのレンズを向けている時だったっす。

 駅舎併設の駐輪場辺りからフラフラと酒に酔ってるんだかわかんないけど、おじいちゃんが近づいてきた。

 

 そして私のその様を見るなり、

『なんだそんな煉瓦。そこらへんにいくらでもあるじゃねーか。何を物珍しく見てんだ!』と、

 

 私に視線を向けることなく、

 でも明らかに私の行動に対してわざわざ難癖をつけてきた(大きな声でつぶやいた)んすよお・・・

 

 カチン!と来たよ?

 それに対して。

 

 でも『そう言うこと言う人もいるだろうな。趣味として理解されない部類でもあるし・・・』と、本当は吐き出したい言葉も飲み込んださ。

 

 でもさ、更に私に視線は合わさずにおじいちゃんは続けたのさ。

『こんな煉瓦そこらへんにいくらでもあるじゃねーか。何が楽しいのかw』と。

 

 はあ!?

 はああああ!!??

 

 幾らなんでもひど過ぎる!

 わざわざ難癖つけなくったっていいじゃない!

 

 滅多に他人様に怒らない私でも、どう考えても私に対して言ってきたそのご老人に噛みついてしまったっす。

 

 別に普通に通り過ぎればいいじゃない。

 わざわざ何でそー言うこと私に言うの???

 

『すいません。でもここにあるのは大正期からあり、日本でも20と無い貴重な煉瓦のランプ小屋なんですよ?』と言うと、

『そんなのいくらでもあるだろ。バカ言うな』

 歩みを止めず、でも明らかに私に向けて口ずさむ。

 

 はあ?

 はああ!!??

 

 まあ・・・いいや。それも一応堪えてやる。

 

 理解してないじいちゃんに、私は少し抑えつつも、でも幾らか牙のある感じで言い返した。

『じゃあーおじいちゃんの言うそこらへんにあるって言う煉瓦の場所教えてくださいよ。地元の人?だったら教えてくださればそこに行きますから^^;』って。

 

 そしたら返ってきた言葉が

『そこらへんだよそこらへん。何が楽しんだか』って。

 

 はああ?

 流石に切れたね。

 私は切れた。

 

 コアな趣味は理解されにくいとは言ったけれども、

 それ以前の問題っすよこれって・・・

 

 この福原駅、

 実は平成の世になって駅舎が改築された。

 言っちゃーなんだけれども、場所的に考えるとシンプルだけれどもとっても小奇麗な駅舎へと変わった。

 

 そしてその際にランプ小屋の撤去も危うい感じだったのかもしれないけれどもこうして残されたの。

 それはこのランプ小屋の歴史が認められたからだと思うの。

 地元の人がその価値観に気づいたのかは分からないのだけど、

 すくなくともこの水戸線、そして福原駅に携わってきた方々にとっては『残すもの』と言う価値観のもとに今も尚取り壊されずに現存してる訳。

 

 煉瓦のれの字も知らなかった頃なら『変なじいさんいるな~w』って笑ってスルーしてたかもしんない私。

 

 で・も、

 

 でもどうしても許せなかった私は、なぜか歩みを止めずに歩きつつ私に悪態をつくじじいに抗議しながら論戦っす☆

 

『おじいさんの言うそのそこらへんにあるっちゅー煉瓦を教えてくださいよ。だったら今からそこに行くからさあ(ホントは、オイてめー口調)』

『わざわざ難癖つけることは無いんじゃないでしょうか?(そんな優しい口調じゃねー)』

 

 でも返ってくるその答えは『そこらへんにいくらでもあるじゃねーか。珍しくもねえ』

 

 ・・・だ。

 

 分かち合えないとかそういうレベルじゃねーし!

 

 ・・・こんなにも侮辱されたのは初めてです・・・。

 

 結局、その後はどうしたかって?

  

 本当は胸倉掴んで一発お見舞いしたい気分に心駆り出されたけれども、

 そこもまた『趣味の範囲』っす。

 

 自分でも思った。

『趣味を貶されて人を殴って人生をないがしろにするのはどうなんだろう』って^^;

 

 でも・・・平手打ちくらいはしたかったかなw

 

 だってわざわざ言うこと無くね?

 変な奴がいるな~でスルーするだけでよくね?

 

 それをわざわざ私に聞こえるように言ってくるんだもん。

 そりゃー抗議のひとつもしたくなるよね^^;

 

 フラフラと歩き私の抗議にものらりくらりとかわす爺に辟易・・・

 あんまり大げさにしてもしょうがないと、渋々取り下げて再び福原駅の駅舎へと戻った。

 

 その後すかさずバイクに乗った駐在さんが駅周りをウロウロしたのは近隣住民さんの通報なのか何なのかは分かりませんっす(まあ、特に何も言われてないけどタイミング良過ぎw まあ・・・大きな声でしたしね^^;)

 

 小山駅までの電車を待つ間、

 私は屋根のある駅舎で、思い出したように雑誌をリュックから出して読み耽ることにした。

 

 さっきまでのモヤモヤを忘れるように。

 

 ---定刻間近

 

 ふと、私の目の前を通り過ぎ、駅舎から先ほどのおじいちゃんが小山駅行きのホームへと来た。

 

 ここで丁度、折からの天気予報通りに雨がさんさんと降りだす。

 

 その際に私を見つけたんだろうね。

 バツが悪かったのか、おじいちゃんは、

 私がいる場所を避け、雨が降り注ぐ中、

 私とは一番遠いホームの先で雨に打たれながら小山駅行きの電車へと乗り込んだ・・・。

 

 ・・・だったら、

 あんなこと言わなければいいのにい。

 

 そんな雨に濡れるのなら難癖つけなきゃいいのに(もうこの時点では噛みつきもしないし気力も無い)

 

 趣味ってのは他人には理解されがたいのはよくあること。

 

 だからって『わざわざ貶すことは無い』よね。

 

 というーか同電にはびっくりした(と言うか地元の人じゃねーのかよ!w)

 

 雨が降らなければ・・・

 おじいちゃんが難癖つけなければ・・・

 

 と、思っていた『水戸線の他の煉瓦遺構』には次のお休みに行こうと思っています^^

 

 廃線・廃煉瓦。

 そこにそれ(煉瓦)はあるのです☆

 

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琴音の煉瓦刻印発見録♪『東京都文京区・北野神社ガンタ積みの刻印☆』牛坂・牛天神・常泉院など [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『本当は長野市の煉瓦ぶらり旅を書こうと思ったけど…』

 

 意外と写真多かったのでまた来年にでもw

 

 さてその代わりと言ってはなんなんですが、

 忙しい合間を縫って都内に出向いた時のワタシ日記でもどぞー(*´д`*)

(正直言うとゲームの一環で出向いただけっすけどw)

琴音の煉瓦刻印発見録♪牛坂ガンタ積み.jpg

 やって来たのは東京都文京区の春日

 

 え?どこらへんか分かりずらいって???

 

 簡単に言えば東京ドームの裏側です(何をもって裏なのかだが)

 そこには軍の射撃場跡が残る礫川公園もあるよね。

 その公園脇を春日通り沿いに進めば中央大学。

 そして大学の敷地をぐるりと巡るように路地へと入って行った私。

 すると見えてきたのはーーー

 

 

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 常泉院の新旧の煉瓦塀っす^^

 古い方は珍しいフランドル積み。

 

 んでもってー、

 ここは煉瓦刻印マニアたちがよく記事にもしている場所でもあるっす。

  

 さっそく煉瓦壁の笠下を覗き込めばーーー

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 日本煉瓦製造に吸収されるまで千葉県や東京で古参であり大規模工場だった金町煉瓦の刻印がたくさん見られるのでやんす^^

 

 ですが今回の目的地はここじゃない。

 その先の一本道を進むとやがて見えてくるのがこちらの風景↓

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 ---素敵な坂だ(*´д`*)

 

 車一台が通るのがやっとの急坂。

 教授(駅員3さん)ならよだれ垂らして喜んでくれそうな坂っすよね(多分、もう来たことあると思う)

 

 実は、この私

 煉瓦にも坂にも興味ない頃にここを何度も通ってたりする。

『狭い道だにゃあ・・・』くらいにしか思ってなかった(常泉院の煉瓦塀もしかり)

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 少し下るとーーー

 左手はシダの這う高台。

 右手にはコンクリの塀。

 

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 そこにはこの坂『牛坂』の謂れが文京区教育委員会さんの解説版に記されていました(こんなの昔あったかな?)

 

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 ん?

 解説版の上を見上げて思ったんだけど、

 よくよくコンクリの壁の綻んだ部位を見ると『煉瓦』じゃん!

 この裏手はマンション。

 てっきりマンションと道を隔てるコンクリ塀だと思っていたけれど違うっぽい?

 

 さてシダの覆う反対側も見てみようか^^

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 かあーーっ!

 こんなん昔は全然気にしてなかったけどお、

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 シダに覆われたその壁面は煉瓦のガンタ積みだったのねΣ(・□・;)

 

 ガンタ積みってのは建物の残骸・コンクリ片・コンクリ塊・煉瓦塊などを積み上げて新規の建築物の基礎部にする工法。

 とは言っても正式じゃない。

 ぶっちゃけ不安定だしとても薦められない基礎の積み方。

 東京だとこれは関東大震災や戦後によく行われた闇を潜る積み方でもあるっす。

 

 この上に建つ建物はーーー

 どうやら神社の社務所かなんかみたい。

 神社さんは古そうだけどここだけ違うのかな?

 

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 さて、何故かご丁寧に刻印の無さそうな煉瓦の横っ面ばかり不規則に積み上げてはいましたがーーー

 それでも煉瓦の刻印が見つかりそうな煉瓦の平面が突出してる部分もありましたっすよ☆

 

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 きましたね!

 小菅集治監の桜の複弁の刻印(*´д`*)

 なんとなく多分刻印があるならそうじゃないかと思ってたけれどやっぱこれが来たかってのがその時のワタシだった。

 

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 高台の切れ目(坂下の住宅との境)には、ガンタ積みした煉瓦と言うよりは、

 元々そこにあったのでは?という感じのレンガ積みが(ちょっと歪だけれど他よりは異)

 

 坂下までおりてきた私はその先へと進んでみた。

 

 すると道なり直ぐにーーー

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 先ほどの煉瓦のガンタ積みを擁する北野神社(牛天神様)の参道が見えてきた。

 

 もしかしたらば先ほどの煉瓦の続きが見れるかも?

 と、私はいそいそとその階段を上がることにしたの^^

 

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 あった!(*´д`*)

 手すりの向こう側に煉瓦が見える!

 

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 この北野神社の境内部には壁面も含めて幾つかの煉瓦が存在していることが分かった。

 

 さてっと、一通り見た私は家に帰ってじっくりと考えてみたっす。

『この煉瓦ちゃんたちは何者か?』って。

 

 それはまるでパズルのピース。

 軍が好きそうな小菅煉瓦の発見。

 歴史ある神社たちに散らばる煉瓦の塊、ガンタ積み。

 

 パズルのパネルが『かつてどんなだったか?』を知りたくて、

 古地図を開いてみたっす^^

東京工廠.jpg

 かつてこの地域は『東京工廠』もしくは『東京砲兵工廠』と言う日本陸軍の兵器を造る場所でした。

 (明治4年~昭和10年)

 その規模は今現在の東京ドームも後楽園も中央大学もすっぽり入っちゃう大きなもの。

 先ほどの牛坂のガンタ積みもまた、その敷地内だよねコレ。

 

 だから私はその東京工廠が幕を閉じた昭和10年以降に北野神社や地元の方が軍の煉瓦の壁の塊などを持ち寄ったり譲り受けたりしてガンタ積みしちゃったんじゃないのかなーって思ったんだ。

 

 んん、でも調べていくとそれだけでは無いっぽいよ?

 

 東京工廠は関東大震災で昭和10年よりも前に甚大な被害を受けたとのこと。

 もしかしたらばあの煉瓦のガンタ積みは震災瓦礫の線もあるのでは?

 

 私っちの推論はここまでっす。

 素人だからねw(超絶、逃げ言葉w)

 

 関東大震災の瓦礫か

 東京工廠解体時の瓦礫か

 

 煉瓦1つとってもこれですよ。

 話は尽きない、土地の記憶ってやっぱ面白いよねえ~^^

 

 さてこのサブブログも今回の話が今年最後でしょう(メインブログ共々作者が忙しいので^^;)

 メインブログの煉瓦好きな女の子『琴音』の視点で、

 メインブログでは紹介しきれなかった記事を書かせていただきました。

 

 正直言うとメインブログで紹介したかった記事も幾つかあったりします^^;

 

 でもいいかな。こっちの方が煉瓦マニアのアクセスが断然多いしねw

 これからも合間を縫って細々と続けさせていただきますです(にっこり)

 

 次回は、また来年。

 ちょいとぶらりで訪れた長野のお話。

 

 ではでは、少なくともこの記事を見てくださった皆々様方に

 良いお年をお迎えくださいと伝えたところでお開きとしたいと思います^^

 

 →長野市編で会いましょう☆

 


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琴音の煉瓦刻印発見録♪『千葉県行徳・コカ・コーライーストジャパン㈱市川セールスセンター』 [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『かつて私は悔しい思いをした』

 

 それはと言うと千葉県市川市に残る国府台の旧陸軍武器庫(千葉血清研究所倉庫跡)の見学会でのことだったっす。

 

 私は既存の『カタカナのホ』の刻印以外に『〇が二つ』の刻印らしきものを見つけ関係者さんにその画像を持ち寄ったんだ^^

 内心、新しい刻印発見しちゃったんじゃない?わたしー(*´д`*)なんて思いながらご意見を伺ったの。

 

 でも返ってきた言葉は『刻印じゃないね』・・・・・・だった^^;

 それはホントに私の写真見たのかよってくらいの即答。

 

『ああ・・・そうですか。ですよね・・・ハイ^^;』とすごすごと退散したのはほろ苦い青春です。

 

 あの時は二度とここの見学会に来るもんか!なんて思ったし、

 既存のホの字の刻印の出どころはどこの工場だったんだろうと調べようかと思ってたのも止めちゃった(どうやら小菅のってことになってるみたいだけど)

 

 勿論、こっちはタダの煉瓦好きな小娘ですよ。

 先生方が違うねって言ったらそりゃそうだろうと思ったけどさ・・・

 

 そんな千葉血清所跡の赤煉瓦倉庫も今年から恒例の見学会が取りやめになってしまったと言うニュースを聞きかじった。

 

 なんでも有志さん達は市の保存を望んでいたけれど、

 市川市はそれを断念。民間売却への準備に入ったから・・・だとか。

 

 もう関わらないでおこうって思ってたけど、流石にそのニュースは寂しい。

 嫌な思い出があったとしても歴史的価値のある煉瓦建築が消えてしまう可能性が出てきたならそれは別物だもの^^;

 

 さて、

 その悔しい思い出のある赤レンガ倉庫の刻印の出どころを探るのは止めたんだけどお

 千葉県の煉瓦工場跡には興味はあった。

 今日はその中の『ひとつ』を探ってみたんだお^^

琴音の煉瓦刻印発見録♪千葉行徳コカ・コーライーストジャパン㈱の刻印.jpg

 実は私ってば『超絶、根に持つタイプ』なのだw

 負けん気とかそんな表向きな言葉じゃ無いねw

 

『先ほどのニュース(市川市が民間売却へ)』を聞いた私は久しぶりに古地図を開いた。

 

 赤レンガ倉庫のある千葉県市川市付近やその河川の流域にどれだけ煉瓦工場ってあったのか?

 もしかしたらばその近隣の煉瓦工場の煉瓦も使われていたんじゃないか?ってことも含めてね^^

 

 そしたらばーーー

 ビックリするぐらい現・市川市界隈には煉瓦工場があったのよお。

 

明治30年代・市川町付近.jpg

 これは明治30年代頃の市川町の江戸川流域。

 少なくとも3つは煉瓦工場の記号が見えるっす。

(対岸の小岩付近に二つ)

  

明治30年代・龍神社付近.jpg

 こっちは先ほどの画像よりやや南東(現・龍神社付近)

 

明治30年代・押切稲荷付近.jpg

 そして今は市川市の一部だけれども、元々は南行徳村の押切付近にも煉瓦工場のマーク。

 国府台から少し離れるし下流だけれど、明治当時は煉瓦の運搬には河川ってのは重要だったしね。

 船なら大した距離じゃない^^

 

 そんな中で、工場名が分かるものを探したんだけど、

 こんだけ煉瓦工場がこの付近にあるっちゅーのに、

 

工場通覧明治・稲荷木工場.jpg

 この市川市、昔の東葛飾郡付近で自分なりに調べて出てきた煉瓦工場は『稲荷木(とうかぎ)工場』だけでした・・・^^;

 創業は明治31年1月。

 

 国府台の赤レンガ倉庫の創建時期は諸説紛々。

 明治34~36年とも言われてるけれど、

 国府台に陸軍がやってきた明治18~19年代なんじゃ?とも言うしね。

 もし仮に明治中期だったならこの稲荷木工場も可能性あるのかな?

 

 さてと、この稲荷木工場ってのは『どこにあったのか?』を古地図で調べてみることに。

 東葛飾郡行徳町稲荷木って辺りらしい。

 するとーーー

明治30年代・稲荷木付近.jpg

 うーん・・・

 あれ?おかしいなあ・・・

 煉瓦工場の記号が無いよおお^^;

 

 そもそも明治の区割り(つまりはどこからどこまでが稲荷木地区なのか)ようけ分からんっすw

 

 そんでもってその周囲を調べたらあーーー

明治30年代・下新宿付近.jpg

 そこより少し南部の旧・江戸川付近、

 今で言う『市川市下新宿』に煉瓦工場記号を発見!

 

 ぶっちゃけ赤レンガ倉庫とも稲荷木工場とも関係無いだろーなーとは薄々感じてはいたけど、

 なんだかここに行ってみたくなった私。

 ハマってる位置ゲー『レキシトコネクト』でも未開のエリアだし、

 せっかくならばと探索に行ってみた(ここまでが前振りw)

 

DSCF3308.jpg

 やって来たのは『妙典駅』っす^^

 ここが一番近いんじゃないかな~って思ったからね。

 

 さて歩き始めてビックリ!

 お寺の数が凄いこと!凄いこと!

 街並みもどことなく古い!

 徳川時代から続く寺町の一角だったんすね^^

 おのずと煉瓦の匂いもプンプンしてきたっすよー

 

DSCF3309.jpg

 歩き始めて15分くらい。

 行徳街道沿いに小さな建屋が見えてきました。

 目の前に止まってるのは見慣れた赤のカラーリングのアレ。

 ここは『コカ・コーライーストジャパン㈱市川セールスセンター』ってとこっす。

 

 前調査の段階では『この敷地は元々煉瓦工場の場所』だったんす。

 ぶっちゃけ行き当たりばったりでここに来たのだけれど、

 可能性求めて煉瓦片でも探してみやしょうず^^

 

DSCF3310.jpg

 するとーーー

 

 !!!???

 

DSCF3311.jpg

DSCF3313.jpg

 敷地の外周は煉瓦敷きじゃないですか!(*´д`*)

 少しの可能性だけでここに来たので私的に大歓喜☆

 

DSCF3314.jpg

 煉瓦の質感はまんざらでもない。

 少なくとも新しいイマドキ煉瓦ちゃんじゃない(経験則)

 

 んじゃー!

 こんだけたっぷり煉瓦ちゃんが居るんだから早速しらべましょう!

 当然、煉瓦の刻印だよ(*´д`*)

 

 するとーーー 

DSCF3319.jpg

 ん? ◎が擦れたような感じの奴が!

 

DSCF3312.jpg

 そしてコッチはクッキリハッキリ

『◎の刻印!』

 

 むう、喜んではいけないいけない。

 刻印の可能性もあるけれど、あくまでも可能性ってだけ。

 これと同じ奴が他にもあったならそのパーセンテージはグッと上がるはずと言うことで、

 その他の場所も探ることに^^

 

DSCF3315.jpg

 敷地に対してぐるりと巡ってみた感じ、

 煉瓦に囲まれているのは行徳街道に面した部分と、

 北側の側面ごく一部のみでした。

 

 その北側の側面。古めかしいコカ・コーライーストジャパン㈱の事務所棟とセールスセンター棟の間の小道の煉瓦も見てみることにしたお^^

 

DSCF3316.jpg

DSCF3317.jpg

DSCF3318.jpg

 ふおお~、刻印は無かったけれど縮緬皺が数多く見て取れた。

 これは自分的見立てだけれど、

 少なくとも新しくて大正初期。

 古くて明治中期の煉瓦ちゃんだと思うんだよね^^

 

 さて、家に帰ってから色々と調べなおしてみたんす。

『これって本当に煉瓦工場の名残なのか?』をば。

 

 このコカ・コーライーストジャパン㈱の敷地、

 昭和の初め頃までは『煉瓦工場の表記』が地図に存在していました。

 表記的には明治30~から昭和初期だから長く続いた煉瓦工場だったんじゃないかしら^^

 

 さてと、

 ここが稲荷木工場かと言えばそこはよく分かりませんでした。

 多分、別の煉瓦工場だったんだと思います(地名的にも遠いし)

 では、このコカ・コーライーストジャパン㈱の外周周りの煉瓦ちゃんは『工場の名残だったのか?』を推察してみたいと思うっす。

 

 実はこのコカ・コーライーストジャパン㈱セールスセンター市川と言うのは、

 野田醤油。つまりは『キッコーマン』の元所有地。

 しかもキッコーマンって、かつては『利根コカ・コーラボトリング』と言う清涼飲料水の工場も抱えていました。

 

 知らなかったからそれだけでも驚きだったんすが(マックスコーヒー造ってたのかよキッコーマンw)

 

 以前はこの辺りに『野田の醤油工場』もあったそうなんすよ。

 

 そこで見えてくるのは『醤油工場の煉瓦の名残説』っす。

 なんせ野田市と言うかキッコーマンは煉瓦建築好きだったしねw

 

 で、年表な感じでザっと書いてみやす

 

 市川にあったとされる行徳醤油工場は永禄から???

           ↓

 だけど地図表記的には明治30年頃から昭和初期まで窯業工場の地図記号。

           ↓

 1962年に利根コカ・コーラボトリング市川工場が野田醤油の遊休地となっていた行徳工場跡地付近に設立。

 本社屋は行徳街道挟んで向かい側の下新宿15番地。

 目の前のセールスセンターの事務所棟もそのころからあんまり変わってないらしい。

 

 ( ,,`・ω・´)ンンン?

 昔からキッコーマンの所有地だったところに煉瓦工場の地図記号って何かおかしくね???

 

 

 もしかしたら・・・土地所有は江戸からキッコーマンだけれども、

 遊休地時代(旧野田醤油行徳工場廃止~昭和中期)は煉瓦工場に貸し出ししてたとかかな?

 もう訳わっかんないやーw

 

 と言うことで推察も投げ出すことにしましたw(もっと調べれば見つかるんだろうが)

 

 千葉県辺りの煉瓦工場跡調べはこの後もするつもりなので、いつかどこかで線と点が繋がったらいいですね。

DSCF3320.jpg

 さて、このまま帰ってもいいんだけどぉ

 どうやらここから歩いて15分くらいのところに文化財指定の煉瓦ちゃんがあるらしいのでそこに最後の寄り道をしたよ^^

 

DSCF3321.jpg

DSCF3322.jpg

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DSCF3324.jpg

 やって来たのは『加藤家住宅主屋・煉瓦塀』っす^^

 かつて塩問屋さんとしてこの地で栄を語った明治後期の素敵な家屋っす^^

 

 とは言え私的にはーーー

DSCF3325.jpg

 この煉瓦塀よね(ウットリ)

 

DSCF3326.jpg

 しかもフランドル積み!(*´д`*)

 

DSCF3327.jpg

 さっそく見える範囲で刻印探し!

 でもでも刻印見つからず^^;

 

DSCF3328.jpg

 ん?

 

DSCF3330.jpg

DSCF3331.jpg

 あらら。

 なんか随分と目地が奥に引っ込んでて不安定^^;

 あまつさえ目地も無い部分も存在・・・

 それは主に補修部位だとは思うんだけど、それにしちゃ・・・随分と荒っぽいのね(崩れそう・・・)

 

 貴重な煉瓦塀だし、もうちっと保存を考えて欲しいかな。

 

 さてもう帰るのみ。

 でもこの旧・行徳街道ってのは見るものすべてが『古』を求める者には楽しいストリートでした。

DSCF3332.jpg

 その中でもこの家

 写真じゃ分かりにくいだろうけど、このお家、

 宙に浮いてたんすよ^^

 

 最初は曳家(ひきや。家屋自体をそのまま移動させる技術)かと思ったけど多分違うね。

 

 古い旧家だし、家屋を持ち上げて土台部や基礎の補修をしてたんだと思うよ。

 旧家は残したい!壊さず大事に長く残したいってことだと思います。

 

 これこそ本当の『保存』ってヤツじゃないのかな?

 

 そんな風に思った旧行徳街道の煉瓦工場跡地巡りでした。

 

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