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琴音の煉瓦刻印発見録♪『神奈川県横須賀市・千代ヶ崎砲台跡の刻印☆』 [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『琴音君、時間があれば横須賀市にあるでも見に行かないかい?アッハッハ^^』

 

 教授さんからの久しぶりのお誘い。

 ん?

 でも何?って。

 ・・・これでも私、レディーなんですけれど!

 二十歳のギャルへの誘い文句が『厠(トイレ)』ですぞw

 教え子とは言え~女子として扱ってほしいっす(T_T)

 

 ってなのは冗談で、真っ先に『なるほどね!』と思った私。

 横須賀に厠とくれば恐らく軍事遺構でしょ!

 しかもその厠も煉瓦造りでしょ?っとピンときた!

 

 っつーことでえ~

 教授さん(駅員3さん)と思い出の横須賀へと行ってきたよ(*´д`*)

 ではではスタートっす☆

琴音の煉瓦刻印発見録♪『千代ヶ崎砲台跡の刻印☆』.jpg

 さて浦賀駅で教授さんと待ち合わせ。

 だけど新橋駅の人身事故の影響で30分も遅刻な私^^;

 何とか巡り合った私に開口一番

『せっかくだし、厠の前に千代ヶ崎砲台跡を少し見学させてもらおうか。アッハッハ^^』だってよ!

 

 え?マジで(◎_◎;)

 

 えっとなんで私、驚いているかと言うとー

 先ずは『東京湾要塞の遺構たち』について少し説明しておかなければいけないかな?

 

 

『東京湾要塞』とは?

 簡単に言えば、

 明治初頭から外敵(主にロシア)の都心部侵攻を防ぐために東京湾の内岸に建設された防衛線。

 

 それは神奈川県の三浦半島の先から千葉県の館山などにまで張り巡らされた要塞たち。

 その中には『夏島』『猿島』『小原台』『観音崎』『富津』『木更津』『館山』などなど。

 

 迎え撃つ東京湾のど真ん中には『海堡』と言う人工の要塞島を三つも築き万全を喫っしていたわけですぜ^^

 

 主にそれは東京湾の入り口に配置されたんすが、

 戦後には自衛隊の敷地になったり民地への切り売りとなりやした。

 今は見学会などで開放し行ける場所も多々増えてきたのですが・・・

 

 幾つかは自衛隊の敷地内だったこともあって中々公式には見学できませんでした。

 

 そして!その中でも一番新しい部類かな?

 それが去年だか横須賀市教育委員会様などのご尽力によって

 ようやく第一回の一般見学会がお披露目^^

 そここそが私が予定が合わずに辛酸を舐め枕を涙で濡らした場所。

 つまりは教授さんの口から出た『千代ヶ崎砲台跡』だったんすよ(だから驚いた!軽~く言ってくれるぜw)

 

 しかも近日、第二回の一般公開も迫っていた。

 でもそれにも私ってば都合がつかなかったからガッカリしてたわけっすよ。

 だから分かるっしょ?

 この喜びってばさ(*´д`*)

 

 さてその千代ヶ崎砲台跡、

千代ヶ崎砲台1.jpg

 場所的には浦賀と久里浜の間に突き出た小さな半島ってとこでしょうか。

 南には少年院。

 西を見れば、いつだったかメインブログで紹介した浦賀ドックの煉瓦を焼いたとされる遺構なんかも存在。

 

 早速、教授さんは携帯をピッポッパ。

 その連絡先は煉瓦ネットワーク東京の活動でも大変お世話になってる横須賀市の教育委員会の先生でした^^

 

 元・軍道だった登り道を進む教授さんの車。

 そしてとうとうやって来ちゃったw

 千・代・ヶ・崎・砲・台・跡☆

 二回目の一般公開前にご厚意でお邪魔することとなったとです(*´д`*)

 

 ・・・ですがーーー

DSCF4271.jpg

 もう一般公開を一回終えてるけれど近日に二回目が控えてるし撮影しちゃまずいかなって最初は遠慮してたんすよね^^;

 しかも整備中だし発掘作業中だし^^;

DSCF4272.jpg

 だから最初はあんまり撮影してないの^^;

 

 でも後で聞いたら『かまわないよ』とおっしゃる。

 でもでも第二回見学会が終わった後まで待って記事をアップしようということにした。

 

 さて、本当ならば千代ヶ崎砲台跡の詳しい話をしようと思いましたが割愛します。

『あくまで煉瓦刻印視点』でお送りしたいと思いやす☆

 

 詳しい説明は教授さんの記事↓


 

 先生方とご挨拶を兼ねて幾つか大まかな説明を頂いた私たち(教授さんは手土産を手渡してた)

 ここからは神奈川考古学財団・・・だったかな(うる覚え。ごめんなさい・・・)

 調査活動をされているお兄様が、わざわざ私たちの為にお時間を割いて案内してくださりました^^

千代ヶ崎砲台2.jpg

 さてっと、サクッと説明するために上図に↑

 幾つか番号を振っておきました。

 この番号を頭に入れてこの先見てチョ(*´д`*)

 

DSCF4273.jpg

 さてやって来たのはこの千代ヶ崎砲台の東西を貫く主道(露天塁道)

 言わばメインストリート。

 

 この本線の左右に第一から第三の砲座跡への道や弾薬庫、貯水場などへと通じる入り口が配備されてたんす。

DSCF4274.jpg

 まずは第二掩廠部の入り口の煉瓦ちゃん。

 

DSCF4275.jpg

 ここから図の①にある、先ほどのブルーシートで囲われていた第二砲座跡へと案内していただきました(手前の第三砲座跡は発掘中)

 写真撮るの忘れたけれど、上から見るとの大違い。

 まるでコロッセオ。

 

DSCF4276.jpg

 さてっと、この先の第一砲座跡へと向かう間にも幾つか煉瓦造りの小部屋が。

『棲息掩蔽部』

 簡単に言えば物資の保管庫とか兵舎的な場所かな^^

 

 その入り口部の両脇には小さな換気口みたいな煉瓦の穴があるんす。

 

 そこにはーーー

DSCF4277.jpg

DSCF4279.jpg

 煉瓦の平面が見える場所であり、かつ、

 これ見よがしに刻印が見学できる場所なんだって。

 

 ・・・これ絶対刻印が見えるようにわざと造ったよね?

 

 煉瓦がご入用でしたら『是非!小菅集治監製の煉瓦を☆』ってさりげなーいアピールだったのかもw

 

DSCF4280.jpg

 この後、塁道の先までやってきました。

 本来ならばまだまだこの先も千代ヶ崎砲台でしたが、

 今は民地の果樹園とのこと。

 果物狩りがてらお代を払えば、この先にも残っている煉瓦の棲息部なんかも見れちゃうかも!?ってお兄さんが言ってたよ^^

 

 そしてここには煉瓦マニアには涎垂れ垂れの場所があったりもしやす。

DSCF4281.jpg

DSCF4281.jpg

DSCF4282.jpg

 関東では非常に珍しく、かつ、ほぼ残ってない煉瓦技法『ねじりまんぽ』に似た渦を巻く煉瓦の積み方。

 この上に存在する塁道などと斜めに交錯する際に強度をより増す為に編み出された隧道工法。

 

 厳密には『斜拱渠(しゃきょうきょ)』と言いやす。

 これだけでも私大満足でしたよ~ん(*´д`*)

(ねじりまんぽ等の詳しい解説は教授さんの記事へどうぞ→ねじりまんぽ

 

 さてこの後はちょっと写真の羅列。

DSCF4283.jpg

 第二回見学会に向けての下準備。

 千代ヶ崎砲台跡では草刈りなどの整備が行われていました。

 

DSCF4284.jpg

DSCF4285.jpg

 第一砲座跡なんかにも寄ったけれど、そこに至る時に煉瓦以外にときめいた造詣があったよ。

 

DSCF4286.jpg

 ここは他の東京湾要塞に比べたら末っ子の弟くらいに新しい存在。

 他の東京湾要塞の要塞たちに比べれば煉瓦も少なくコンクリも多く使われることになります。

 

 でもね?

 ここにはコンクリの芸術と言うか職人さんの粋があるんです。

 この棲息部と砲台跡への道がクロスする、その天井を見てスゲぇ・・・って思った。

 

 それはまるで傘の露先に向かって一枚一枚綺麗に造られた生地のようなコンクリートのよう。

 

 ぶっちゃけ戦時には強度や安さが必要な訳でお飾りなんか要らないのよ?

 

 これは実際に行って見上げた人にしか分からないアート。

 気になる方は是非、実際の眼で見てください^^

 

 さて考古学財団のお兄さんと共に一通り見学してUターン。

 お兄さん曰く『こうやって見ると自分もじっくり見てないんだなあと思いましたよ^^;勉強になりますね』だって。

 

 ふっふっふ・・・

 まだまだ現場の人も見過ごしている場所をこっから探すぜw

 この数日後に行われる実際の見学会のルートは私には分からないんだけど、

 この後はあちこちに行ってみた。

 

 とりわけ教授さんが『あそこが気になる・・・』って言ってた場所へと行くことに。

 そこは露天塁道(メインストリート)への入り口上部に、小さく見える小さな煉瓦の入り口。

DSCF4273.jpg

(この↑塁道の上に見える小さなトンネル?)

 

 早速、唯一ある階段からそこへと昇ってみる私たち3人。

DSCF4288.jpg

 教授さんとお兄さんは、興味津々でズンズン小さな煉瓦口を目指すんだけどお、

 私的に、向こう側の丘にある横の穴?の方が気になった。

 

 そこは

千代ヶ崎砲台2.jpg

 この図で言うと③

 第3砲台発掘途上の場所であり、教育委員会の先生と談笑した最初の丘。

 

DSCF4289.jpg

 何あれ?

 煉瓦ちゃんだよね?

 もしかして今も尚、埋没中の第3砲台に関する物体???

 

 ここで私はカメラの望遠機能を目いっぱい使用。

 するとーーー

DSCF4290.jpg

 うおおおおおーー!!!

 なんか煉瓦の平面に桜の刻印が一杯なんすけど!(*´д`*)

 勿論、教授さんやお兄さんにご報告。

 お兄さん曰く『つい前まで草ぼーぼーだったのですが、草刈ってみたらあんなとこが・・・』だそう。

 

 とりあえず、そこは後で見ようってことになって、

DSCF4291.jpg

 いざ!塁道の上にある不思議な煉瓦ちゃんトンネルへと潜入することになったとです☆

 

千代ヶ崎砲台3.jpg

 場所的にはここです(④のとこ)

 

 するとそこの奥にはーーー

DSCF4292.jpg

 壁面に『赤煉瓦でもなくコンクリでもないモノ』が埋め込まれていました。

 

DSCF4293.jpg

 えっ!?

 耐火煉瓦???

 

DSCF4294.jpg

 見れば古~い時代の古耐火煉瓦がいくつか。

『KINO』『SINAGAWA(品川白煉瓦)』『YTR(横浜耐火煉瓦)』

 勿論どれもが明治期の耐火煉瓦ちゃんの刻印。

 

 ん~でもKINOってのは初見。

 横浜耐火煉瓦は明治34年。

DSCF4295.jpg

 しかもこれは・・・

 

DSCF4296.jpg

 読みにくいけれど関東圏を飛び越えて岡山の三石耐火煉瓦まで壁に塗り込まれてる!

 

 ・・・結構、各種の耐火煉瓦の年代や産出工場がバラバラ。

 そして疑問なのが『なぜこの部屋にだけ耐火煉瓦で壁を閉塞したのか』

 なんだかとっても不思議だったんす。

 

DSCF4297.jpg

 さて、一通り見て回って一番最初の第三砲座跡発掘現場の丘へと戻ってきました^^

 

 せっかくなので先ほど見えた煉瓦刻印付きの怪しいブツを上から覗き込んでみたよ^^

(以前は草ボーボーで見えなかったそうですココ)

 

 するとーーー

DSCF4298.jpg

 あら、やっぱり桜の刻印付きの煉瓦ちゃんだったわさ^^

 

 さてこの部位は何なのか?

 砲座に絡む部位なのかそれに付随する棲息部の何か?なのか。

DSCF4299.jpg

DSCF4300.jpg

 それは今も尚、発掘作業が行われていて精査中とのこと。

 

DSCF4301.jpg

 ここにも幾つか桜の刻印が散見できやす^^

 

 さてさて。

 この後は先生交えて作業小屋へと行くことなりました。

 すると先生、

『今回、今まで小菅の桜花章の刻印しか見つからなかったけれど、新たに刻印が見つかったんだよ^^』と、おっしゃったの(私、大歓喜!)

 

『軒先に幾つかと、小屋の中に展示してあるから見て行ってください^^』

 

 ああーん!煉瓦刻印マニアにはたまらんお話ですな(*´д`*)

DSCF4302.jpg

 早速、小屋前に無造作に置いてある煉瓦ちゃんを堪能する私(*´д`*)

 

 するとーーー

 横浜・横須賀界隈で『見かけたことの無い刻印』が!

DSCF4303.jpg

『囲いにT?』

 もしくは『囲いに丁子???』

 ん~・・・でも丁子と表するには『ハネとか払いの部位が逆向き』かあ。

 素直に『四角い囲いにT』なのかな?

 

 謎刻印に大興奮!

 と、ゆーか、先生もまた生粋の刻印マニアなんすよね~w

 

 見たことないでしょ?って説明するときニヤリってしてたもんw

 

 この後は作業小屋にて煉瓦談義。

 特に~

 教授さんが友が島に訪れた際の画像を皆で堪能したとき

『その画像を資料として2~3くれないかな・・・』と、先生もめっちゃ食いついてたw

 

 ちなみに、

 耐火煉瓦で閉塞している小部屋について聞いてみた。

 先生も知らない発見じゃね?マジで☆っておもってたけどお、

 そ~んなことは無かったとですw

 やっぱプロの煉瓦刻印マニアですものね^^

 

 先生が言うには『千代ヶ崎砲台の後期、もしくは閉鎖後に辺りに散在する耐火煉瓦を寄せ集めて棲息部もしくは貯蔵庫の換気口を閉塞するのに使用したのでは?^^』とのこと。

 

 何のために?ってのは分かりません。

 

 私はここが見学会、一般公開で公開されたのかは知りません。

 でももしここに訪れたあなた。

 色々と考察してみるのも面白いのではないでしょうか☆

 

 ---さて次回は?

 

『激藪の中に残る小さなトイレット』っす。

 教授さんと出向いた観音崎に残る煉瓦のトイレが二つ。

 

 気になる方は是非、次の記事をお待ちおば(*´д`*)

 

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琴音の煉瓦刻印発見録♪『長野市に残る煉瓦たち後編☆』日本聖公会救主聖堂・宮下法律事務所・旧長野県庁書籍庫ほか [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『長野市の歴史は善光寺にあり』

 

 ・・・なんかブラタモリのお題みたいだねこれじゃw

 とは言え本当のこと。

 元々は善光寺の門前町として栄えたのがこの長野市(結構端折ってます)

 

 それが江戸末~明治の頃を迎えると善光寺の『元・所有地』の中に今の官公庁や監獄などが蠢くのです。

 調べていくととても面白い土地。

 その中には煉瓦建築なんかもありました。

 では長野編後半スタートっす^^

琴音の煉瓦刻印発見録♪長野市に残る煉瓦たち後編.jpg

 さて再びこの地図をば。

袖珍日本新地図・明治42年.jpg

 善光寺を北方に置いてそこから南へと広がるこの地域。

 特に南西部付近は今の官公庁舎がひしめき合います。

 

 この地図は明治の頃のブツですが、県庁などは微妙にお引越ししてたりします。

 今の信州大学教育学部付近に元々県庁があったけど(図だと黄色の区画イ)

 今はもうちょっと南かな^^

 

 長野監獄跡は前記事の通り、今は公園や長野地裁となっておりやす。

 

 長野監獄の沿革?としては、明治四年頃、元々善光寺の大本願上人(上人ってのはつまりは高僧。めっちゃ偉いお方)の旧隠居所跡を徒刑場として借り受けたのが始まり。

 火葬場も徒刑場も善光寺のお力を借りていたそうっす。

 

 怒られちゃうかもな表現だけどお、

 今ある長野市の区割りから生活からアングラな部分までそのすべてが善光寺から発したものだと思って間違いないんじゃないかな^^

 

 さて今回、

 ふらっと長野市に寄ったのだけれども、

 前情報で寄ってみたかった場所は『信州大学教育学部に残る県庁時代の煉瓦書庫』の一択。

 むしろこれだけが目当てでした。

 と言うか、それだけしか煉瓦建築や遺構は無いもんだと思ってたんすよね実際^^;

 

 それがどうよ!

 歩けば歩くほど広がる煉瓦ワールドじゃあ~りませんか!(*´д`*)

 後半は歩いてフラフラ見つけた煉瓦ちゃん達のお披露目でございやす☆

 

 さて県庁通りを真っすぐ進めばT字路になって突き当たったとこが信州大学教育学部なんすが、

 その周りにもあったんだよ☆

 

DSCF3490.jpg

 むひょー!

 どう考えても古煉瓦の教会(*´д`*)

 

DSCF3491.jpg

DSCF3492.jpg

 日本聖公会救主聖堂???

 クリスマス前に訪れただけあってクリスマスリースが飾られていました^^

 

 沿革を調べてみてビビる私。

 なんと明治31年(1898年)建築の『長野県唯一にして最古の煉瓦教会』だとか(◎_◎;)

(カナダ人宣教師、ジョン・ゲージ・ウォーラー師建設)

 

 これは・・・見て行くっきゃないよね!

 っつーことで迷惑にならない程度に観察(*´д`*)

DSCF3493.jpg

 イギリス積み。

 縦窓の上部はクローバーと言うか雲形のファンシーな形状(*´д`*)かわいい

 

DSCF3494.jpg

 刻印も無いか見てみたよ!

 長野の煉瓦工場とか全然わかんないけど記録としてさ。

 

 見えるところにはそれらしいものは無かったかな?(すっごくザっと見ただけです)

 でも煉瓦の質感的に機械成型っぽかったと思う^^

 

DSCF3495.jpg

 ほんとは中も見たかったけれど、早朝だったので見送り。

 今度機会があったなら見せて頂こうかな(*´д`*)

 

DSCF3496.jpg

 さてと、大学の東端にあると言う煉瓦書庫を見ようと路地に入ったところ(彷徨ったところ)

 大学への方角とは真逆の遠方に煉瓦塀が見えた気がしたので寄り道。

 するとそれはやっぱり煉瓦塀ちゃんでした(*´д`*)

 

DSCF3497.jpg

 民家の煉瓦塀にしちゃ珍しい蛇腹積みの軒下を持つ素敵な煉瓦塀☆

 もしかして結構なお金持ちさんの塀かな???

 

DSCF3498.jpg

 ん!?

 えっ!?

 あれ?

 フランドル積みじゃんかあー!

 もしかして結構古めの建物???

 

DSCF3499.jpg

 ここまで来たならちゃんと見ないとね♪

 っつーことでレッツ刻印探しぃ~(*´д`*)

 

 するとーーー

DSCF3500.jpg

 ぬおお!

 なんか怪しいのが!

 で、でも、、、

 まだ一つだけじゃ刻印と確定できない(自分に言い聞かせ)

 

 他にも無いかと探ってみたらーーー

DSCF3502.jpg

 うごおおおあああ・・・

 同じような刻印が!

 これでほぼ刻印と確定でしょう^^

 

 ん~・・・でもなんて表現したらいいの?

 この刻印^^;

 

DSCF3503.jpg

 その他にはこんなものも。

 先ほどのと大まかには似てるのかな。

 

DSCF3504.jpg

 目地は覆輪。

 脇の煉瓦塀には木煉瓦も差し込まれてた。

 

DSCF3505.jpg

 名前を出していいのか悩みましたが法律事務所さんとのこと。

 建物の正確な年代は分かりかねるけれどお、

 明治から続いているようっす。

 恐らく明治初期~中期の頃の煉瓦塀なのかもしんないね!^^

 

DSCF3506.jpg

DSCF3507.jpg

 さて、元師範学校敷地にて元県庁跡でもあり今は信州大学教育学部の端っこも端っこに到着。

 そこにはお目当ての旧県庁の煉瓦書庫(旧長野県庁書籍庫)があったよ(*´д`*)きたー

 

DSCF3508.jpg

 明治28年建設。

 明治41年、県庁の焼失からも免れ、

 主(あるじ)を変えてもなお残る貴重な煉瓦建築っす^^

 

DSCF3509.jpg

 後で聞けば『ご自由にどうぞ』だったそうだけど、目の前のチェーンが立ち入ってはいけない気がして遠方からの撮影のみで止めておきましたっす(あ~ん、もったいなーい^^;)

 

 さて目的のブツは遠慮しちゃってしまいましたが、

 善光寺に寄りがてら帰路につく途中でサプライズが!

DSCF3510.jpg

 途中、善光寺へと向かいそうな路地を発見。

 その入り口付近には古めかしい民家さんが。

 

DSCF3511.jpg

 裏参道的な路地側の、その民家さんの腰回りは焼き杉板。

 

DSCF3512.jpg

 ん?

 土台部の上側は煉瓦も使ってる!?

 

 しかも煉瓦を縦置き。

 煉瓦の平面が丸見えじゃない(*´д`*)

 

 せっかくだしと注意深く見て行くとーーー

DSCF3513.jpg

 あらやだ!

 二丁の市松紋様の刻印が(*´д`*)

 

 これ一個だけだったけれど、ここまでクッキリなら刻印で間違いないでしょうず☆

 最後に素敵なプレゼンツあんがとー(*´д`*)

 

DSCF3514.jpg

DSCF3515.jpg

 この後は善光寺の外回りだけを見て帰宅(お参りしねーのかよ!)

 いや・・・ゲームで距離を稼ぐ為に、この後

 金沢~米原~東京って電車を乗り継いだのはお兄ちゃんに内緒だおw(すんげー無駄遣いw)

 

 次回は横須賀の陸軍の煉瓦のトイレのお話っす☆

 

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琴音の煉瓦刻印発見録♪『長野県長野市の煉瓦刻印たち☆前編』長野監獄跡・製糸場跡ほか [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『遠くに行けば行くほど良い位置ゲー』

 

 っつーことである日、 

 レキシトコネクトと言うゲームの育成の為に私はふらりと長野県へとやってきた。

 

 ・・・正直、

 ふらりって距離じゃねーし!w

 二県飛び越える日帰りは煉瓦遺構探索ではままあるのだけれどおー

 たかがスマフォアプリゲーの為にここまで来ちゃったのは自分の人生的にどうなのか?ってとこでやんす^^;

 

 さて、

 もちろん当然『ふつーに長野に行こうだなんておもって無い』

 

 っつーことで、長野県。

 特に長野市の煉瓦ちゃんを巡るって意味付けして行ってきたよ^^

 案外魅力的だったので写真も多い。

 前半後半に分けて書き綴りたいと思いやす☆

琴音の煉瓦刻印発見録♪『長野市に残る煉瓦たち前編☆』.jpg 

DSCF3438.jpg

 新幹線で長野駅下車。

 ここに来る前にある程度は煉瓦遺構をピックアップしていたのだけれど、

 その道すがらにも結構思いもよらない出会いがあったよ(*´д`*)

 

 やって来たのは県庁へと向かう途中。

DSCF3439.jpg

 なんか前情報以外の素敵な煉瓦塀発見☆

 右も左も煉瓦!煉瓦な小道。

 左手の民地の壁はフランドル積みの煉瓦塀じゃんかお(*´д`*)

 

DSCF3440.jpg

 片や右手側は古めかしい佇まいの家屋と煉瓦支柱の門構え☆

 

DSCF3441.jpg

 よく門表を見やれば『天理教・・・』

 えっと・・・何て読むんだろ???

 

 調べた感じだと『天理教スイエンカリワケ教会』・・・みたい(自信なし)

 

 だけれどもこの建物の詳細はよく分からず・・・^^;

 分かることと言えば、天理教がこの長野の地へと広まり始めたのが明治26年~30・・・ってことくらいかなあ。

 少なくとも明治中期ごろの建物なんじゃないかと推測するっす^^

 

DSCF3442.jpg

 まあ~とりあえず煉瓦ちゃんをチェックしてみやしょうず^^

 

DSCF3443.jpg

 刻印はざっと見た感じ見つからなかったけれど、古煉瓦なのは間違いないっす。

 

DSCF3444.jpg

 対面の煉瓦塀とも質感が類似。

 元々、同じ物件所有者だったとかかな?

 

 そんなこんなで建物伝いに辿って行けばーーー

DSCF3445.jpg

DSCF3446.jpg

 ぐっは!(◎_◎;)

 煉瓦の建物が二棟隣接してるじゃないのさ!

 

DSCF3447.jpg

 でもこっちは建築用にしては立派な特級・特1の焼しめた煉瓦ちゃんが使われていたよ!

 積み方は明治中期~大正期主流のイギリス積み。

 後年に建てられた蔵とかなのかなあ???

 

DSCF3448.jpg

DSCF3449.jpg

 せっかくなので望遠で軒下を覗いてみる。

 ざっと見た感じ刻印は無いっぽい(本当にざっとしか見てない。民地の駐車場から覗き込んだだけなので)

 

DSCF3450.jpg

 さ~てもう一方の建物も見てみる。

 こっちは先ほどの建物と違い、

 躯体全般は普通煉瓦だけれど、角柱部位や軒下周りが焼しめ煉瓦ちゃんと言うお洒落デザインでしたっす^^

 

DSCF3451.jpg

 こっちもザっと見たけど刻印ポイのは見つからず。

 

DSCF3452.jpg

DSCF3453.jpg

 回り込んで全体を見るとやっぱりお洒落建物じゃなーい(*´д`*)

 まあ、こっちが母屋なんでしょうけど、

 素敵な煉瓦物件に遭遇出来て私うれちい(*´д`*)!

 

DSCF3454.jpg

 さてそこを抜けて県庁を目指していると歯医者さんが。

 

DSCF3455.jpg

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 そこにも煉瓦塀っぽいのがあったけど、イマドキ煉瓦ちゃんだよね^^;

 

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DSCF3458.jpg

 でもその裏側は、そんなに新しいものでは無かったのですよ。

 

DSCF3459.jpg

 さて、中間地点として目印として歩いていた長野県庁に向かっていたはずなのに、どうやら少し通り過ぎてたみたい^^;

 

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 目の前には煉瓦の門柱が残る長野議会議員会館が。

 

 この門柱は大正3年に再建された会館の門柱だとか(初代は明治20年。焼失により22年再建。更に大正2年またもや焼失・・・

 どんだけ憂き目にあってるのよこの議員会館^^;)

 

 さてっと、

 今回の煉瓦遺構探索の最終目的地は、ここから先の善光寺周辺に点在しているのですが、

 この長野市の官庁が居並ぶ界隈にも煉瓦構造物が結構あったんだよ^^

DSCF3462.jpg

DSCF3463.jpg

DSCF3464.jpg

DSCF3465.jpg

 県庁通りの大きな道の片隅には、名も知れぬ煉瓦の残骸(廃墟かな?階段周りや柱など)

 

DSCF3466.jpg

 そして道路の右手を歩いていた私だったんだけれども、

 長野地裁の庁舎が左手に見えたところで『ビビビッときた』

 

DSCF3467.jpg

DSCF3468.jpg

 何じゃあれ???

 ぶっちゃけすんごい目立つ怪しい煉瓦ちゃんだよおう^^;

 オブジェじゃないだろうしぜってー昔の何かの名残だよね!

 

 せっかくなので立ち寄ろうっす☆

DSCF3469.jpg

DSCF3470.jpg

 なんだろ???

 入り口だったようにも見えるし、

 何らかの水の通り場だったようにも思えるっす(中は閉塞してるけれど)

 

DSCF3471.jpg

 ん?

 

DSCF3472.jpg

 むう~・・・刻印と呼ぶには微妙な半月のくぼみ。

 でも欠けたにしちゃ綺麗過ぎかな。

 

 結局この時点では何の名残なのか意味不。

 これは過去を洗ってみる必要ありだわさ!

 

 ふと、 

DSCF3473.jpg

 先ほど渡ってきた県庁通りの向かいの方に煉瓦ちゃんが見えた。

 思わず元に戻ることにw

 

DSCF3476.jpg

 そこはひまわり公園と言う場所でした^^

 

DSCF3477.jpg

DSCF3478.jpg

 よく見ると公園周りの煉瓦ちゃんは結構古そうな感じ。

 と言うかこの公園の敷地スペースも何かを匂わせる。

 

 昔、ここに何か建ってたんじゃないのかな?

 

DSCF3479.jpg

DSCF3480.jpg

 とりあえずせっかくなので公園内に入ってみた。

 そこには時計塔が高台に建っていたの。

 

(この時はなんてことない公園内の立地だと思ってた。随分起伏のある公園だな~くらいにしか思ってなかったの。

 でもこの段差、調べていくとそうでは無かったみたい。

 

 今では均されているけれど、元々はこの段差自体無かったとのこと。

 それはここがかつて地震による『断層のズレで隆起した場所』なんだってさ!

 ※善光寺地震活断層跡※)

 

DSCF3481.jpg

 公園の丘までやってきたよ^^

 

DSCF3482.jpg

 するとそこにも公園の外周部のように煉瓦の露出する柵がぐるりと囲んでたっす。

 

 吹き付けが綻んでいるところを注意深く見ていくとーーー

DSCF3483.jpg

 これまた微妙なブツがw

『二』なのか『ロ』なのかハッキリしてよw

 

 さてその他も見ていくわたし。

DSCF3484.jpg

DSCF3485.jpg

DSCF3486.jpg

DSCF3487.jpg

 ん~。正直言うと何かを断定するものは特になし。

 ただ単に古い公園なのかな?とか

 古そうな煉瓦ちゃんをたまたま再利用しただけかな?って思った。

 

 でもそれで終わったらただの散策。

 一応ここいらの成り立ちを色々と追ってみたよ^^

 

 まずはこの地図を見てね↓

袖珍日本新地図・明治42年.jpg

 これは明治42年に刊行されたこの市域をざっとだけど表した地図っす^^

(袖珍日本新地図)

 

 今現在の比較地図を乗っけてないから分かりずらいと思うけど、

 私が今いる辺りは『製糸場』と記載された『ヌ』と言う場所。

 

 これを見るとさっき居た煉瓦のプチトンネルみたいなやつは『二』と記載された『監獄署跡』だったみたい!

 

 と言うことはその名残の可能性高いみたいね(はい。名残です)

 製糸場跡=ひまわり公園に使われている煉瓦とはいかないけれど、

 少なくとも監獄所跡の遺構は間違いがないようっす^^

 

 さて前半はここまで。

 次回からは地図に記載されている『イ』と『ト』の場所へと行きますよん^^

 そこには善光寺や県庁の移転、長野監獄の変遷も関わってきます。

 ではではまた今度っす(*´д`*)

 

 


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琴音の煉瓦刻印発見録♪『JR水戸線・旧鬼怒川橋梁の刻印☆』 [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『旧国鉄と河川のクロスには煉瓦あり!』

 

 明治時代の国鉄・民鉄もまた煉瓦好き。

 駅舎やホーム、高架にトンネルなんかによく煉瓦が使用されたっすよね^^

 そして忘れてならないのが『橋梁』

 つまりは河川を越える『橋』にもよく使われたっす☆

 

 さて今回も引き続き茨城県はJR水戸線っす。

 

 いつも車窓から『あれって・・・ぜってー煉瓦だよな・・・』って思っていたところへ行ってきたよ(*´д`*)

 ではでは長いのでそそくさとスタート!

琴音の煉瓦刻印発見録♪旧鬼怒川橋梁.jpg

鬼怒川・川島・水位1月14日.jpg

 先ずはこの上のグラフを見てね☆

 これは河川の水位が表されたもの

 今は便利なもんで、家にいながらパソコンで任意の河川の水位が見れちゃうのよねえ^^

 

 んで、数値を見やればーーー

 何とマイナス3.80m!!??

 

 実は、これから赴こうと思っている場所ってのは

『川の中』なの。

 しかも水戸線と交錯する『鬼怒川』っす。

 

 今でこそ治水が充実しているけれど、利根川水系屈指の暴れ川であり、また中流域の水量は豊富な一級河川でやんす。

 約4m。これはもしかしたら大チャンス到来かな!?と、この時はほくそ笑んだもんさw

 

 冬場の水量の少ない絶好機。これを逃す手は無いと向かうことにしたよ(*´д`*)

 

DSCF4159.jpg

 やってきたのは川島駅

 鬼怒川を挟んで東側にある駅でやんす(東結城はその対岸の駅)

 

DSCF4160.jpg

 駅舎の北側には日本コンクリートや太平洋セメント。

 

DSCF4161.jpg

DSCF4162.jpg

 現路線の向こう側に、如何にも昔は線路がありましたよって感じのスペースがある。

 廃線マニアなら語るべき元貨物用専用線跡なんすが、

 私はあくまで煉瓦が目的なので割愛っすw

 

DSCF4163.jpg

 さてっと、鬼怒川へと向かいましょうず^^

 

DSCF4164.jpg

DSCF4166.jpg

 線路わきを辿っていくと可愛らしい作業車が。

 でも先に行こうね(記事が増長しちゃうからさ)

 

DSCF4168.jpg

DSCF4169.jpg

 水戸線の築堤伝いに道を歩いて行くと目の前が開けてきました。

 目の前に続くブルーの鉄橋は、鉄マニアなら知る人ぞ知る『鬼怒川橋梁』が。

 なんでもここを駆け抜ける列車の様が絵になるからとか。

 

 さて、確かに魅力的な長いブルーの鉄橋だけれども、私の目的はこの『今の鬼怒川橋梁』じゃないのさ^^

DSCF4172.jpg

 橋台をクルリと曲がるとそれはあった。

 

DSCF4173.jpg

 悪戯書きされちゃってはいるけれど、鬼怒川橋梁の北側に煉瓦の橋台の跡を発見っす☆

 

 これはまず水戸線の成り立ちから説明せねばいけませんね。

 水戸線の開業は1889年。つまりは明治22年。

 小山駅~水戸駅間と言う茨城県横断路線としてスタートしやした^^

 

 今現在の鬼怒川橋梁は『二代目』

 

 昭和38年の大洪水で破壊され、昭和40年に新たに建設されたものなの。

 そしてこの目の前にある煉瓦ちゃんこそ水戸線開設当初からの煉瓦の橋台跡。

 つまりは『初代鬼怒川橋梁の名残』なんすよ^^

 

 簡単な解説が終わったところで早速見て回りやすか(*´д`*)

DSCF4174.jpg

 明治22年の煉瓦構造物とは言え、フランドル積みではなく比較的強度の高い積み方イギリス積み。

 当時の流行の積み方よりも堅牢な積み方を選ぶ辺り、当時の施工者さんの職人魂を感じるっすね。

 

DSCF4176.jpg

 見た感じよく分からなかったけれど焼きしめた煉瓦ちゃんだと思う。

 角石は花崗岩かな?

 岩マニアじゃないので割愛w

 

DSCF4177.jpg

 刻印が見られそうなとこは・・・と見上げると、

 どうやら斜面を伝えば登れそうなので行ってみることにしたっす。

 

DSCF4178.jpg

 橋台の頂上に到達。

 

DSCF4180.jpg

 ふと後ろを見るとコンクリの基礎が残ってた。

 

DSCF4181.jpg

 上部はほとんどモルタルに覆われていたんだけれど、

 ヘリの部位は煉瓦の平面が露出。

 

 んじゃ、さっそくいつものいこーねw

DSCF4183.jpg

DSCF4184.jpg

 ん~・・・案外、刻印ぽいのも無い。

 そりゃ100年を超える建造物だし野ざらしだし、表面もすこぶる劣化していたっす^^;

 

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 よく見ると築堤部位と橋台部位には数センチの隙間が・・・

 元々ズレていたのか地盤沈降で離れてしまったのか。

 どうなんだろうね。

 

DSCF4188.jpg

DSCF4189.jpg

 裏手側には何かがあるのかな?と思って見上げるが、

 激藪じゃんかおおー^^;

 一応行けるところまで行ったけど、基礎のボルトくらいしか見つけられなかったっす^^;

 

 ---さて、

 実は私の今日の目的は当然ながらここじゃない。

DSCF4186.jpg

 冒頭から言ってるように、

 この先にある鬼怒川の中に見えた『得体のしれない構造物』が目的なのね(この橋台跡はあくまでもコース料理の前菜のようなもの)

 

 向こうを見れば丁度、二代目鬼怒川橋梁のが落ちていた。

 恐らくこの影のラインこそが『かつての初代鬼怒川橋梁の存在したライン』

 憶測が正しければ謎の構造物以外にも色々と見つかるかも!?

 

 私はワクワクして橋台を駆け下り鬼怒川の河川敷へと向かったのだ(*´д`*)

DSCF4192.jpg

 ぐうう・・・

 いきなり罠が^^;

 実は鬼怒川の河川敷までに小さな小川が存在し、わたしっちの行く手を阻むのだ。

 

DSCF4193.jpg

 でも大丈夫!

 私には野鳥の会の長靴があるからね!

 

DSCF4195.jpg

 ・・・ぐは!

 小さい川だと思って油断してたら案外川の底が泥で深かった^^;

 長靴どころか早速膝上までずぶ濡れちゃんですw

(あとで気づいたけど少し遠回りすれば小川を渡ることもなかった・・・^^;)

 

DSCF4198.jpg

 しばらく旧橋梁跡に重なる現橋梁の影を追っていくとーーー

 

DSCF4199.jpg

DSCF4201.jpg

 おおおおー!

 来ましたね煉瓦ちゃんがあ(*´д`*)

 一応あるだろうな~とは思ってたけどあったか☆

 

 これは旧橋梁の橋脚跡。もしくはケーソンの上部っすね^^

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DSCF4203.jpg

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 一応、煉瓦刻印を探すものの、ほころび過ぎててよくわかんにゃい^^;

 んじゃまー、次に行きましょうず(現役線の橋脚数に対してずいぶんと橋脚部位が少ないのが気になる。こっちの河川敷にはこの一か所のみ)

 

 

DSCF4206.jpg

 さあ河川敷まで到着。

 私が車中から気になっていたのはーーー

 

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 あれです。

 あの川のど真ん中に残ってる如何にもな箱型の物体。

 まあ~どう考えても橋脚跡なんだけれどねw

 

 さてさて、目の前のブツまで渡れるのか?と思案していると、

 河川敷脇にあるものが目についた。

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 ぶはっ!(◎_◎;)

 こんなところに煉瓦橋脚跡がああ!!!

 

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 これは車中から気づかなかったなあ~

 

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 せっかくなので見ていくことにしましょうず(*´д`*)

 

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 随分と斜めってるのは、大洪水などで基礎部が洗われて沈降しちゃったんだろうね。

 

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 積み方は当然イギリス積み。

 

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 モルタルは随分と肌理の細やかなもの。

 

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 上流部位は石切りもありやした。

 

 んではさっそくー、

 いつもの刻印探しすっぞ(*´д`*)

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 あ~ん、この手の橋脚跡としては、かなりの煉瓦の平面が露出しているにも関わらず、

 結局それらしいものも見つかりませんでした^^;

 

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 それじゃいよいよ行きますかあそこに!

 マイナス3.8mの絶好機!

 

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 だけど河川敷から1メートルも離れてないのに膝まで来ちゃったのでやめちゃったw

 ゴム長じゃないと無理ゲーですね☆

 もしくは夏場に水着か(水の勢い半端ないからおすすめしません)

 

DSCF4226.jpg

 これからどうしよう・・・

 この探索、これでおしまい???

 それとも可能性を求めて対岸側から謎構造物にアタック?

 ・・・と、考えあぐねているとーーー

 

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 先ほどの煉瓦橋脚跡の少し上流に人工的な石がゴロゴロしてることに気が付いたわたし。

 

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 煉瓦もあるじゃん!

 

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 こっちも!

 

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 これも!

 思わぬ好機に大歓喜(*´д`*)

 

 ええ~でもさあ、これらの残骸って何よ?

 さっきの橋脚跡が散らばったにしてはおかしい。

 だって川の流れ的に上流に流されるってへんじゃね?

鬼怒川の河川敷.jpg

 水戸線ってのは確か元から『全線単線』なはず。

 複線だったなら、位置的にもその残骸って分かるんだけど・・・

 どーゆーことなの?

(可能性としては貨物線が幾つか存在したらしいし、もしくは大洪水時に渦が発生するらしいので単線の橋脚跡がここまで巻き上がったか。)

 

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 謎は深まるばかりっすが、せっかくこんなに煉瓦がゴロンゴロンしてるので見てこうね!(*´д`*)

 

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 随分と薄茶の煉瓦だなあ。

 

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 そして来ました!ハイ!

 

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 四角に大の刻印八犬伝!(*´д`*)

 

 〇に大の刻印は見たことあるけど四角は初めてかな?

 と言うか、茨城県で『大』って刻まれた刻印を多く目にするんだけど関連性あるのかな?

(水海道や小貝川とかで見た)

 

 その他にはこんなものも↓

DSCF4238.jpg

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 最初はただの凹みかなと思ったけれど、

 

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 同じようなものが幾つか存在したので刻印の可能性大っすね^^

 でもなんて表現したらいいんかなあ。

 楕円・・・だけれど上辺と底辺の長さが扇形に近い刻印!

 って、なげーよw

 

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 さて、謎構造物が諦められない私は対岸までやってきた(国道50号まで迂回しなきゃいけないので目の前なのに40分近くかかった・・・)

 

DSCF4250.jpg

 橋梁名も書いてあったっす(なぜ平仮名なのよ・・・)

 

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 対岸には煉瓦の橋台跡も痕跡も無し。

 撤去されたって考えるよりも、

 旧鬼怒川橋梁は少しづつカント(斜め)しつつ現在線の場所に合流してたのかもね(東結城側は昔のまま。川島側は北に少しズレていた可能性)

 

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 河川敷までに、またもや小川が横たわってた!

 でも大丈夫!

 日本野鳥の会のブーツなら!

 

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 まあ・・・濡れないでも渡れるんですけどね☆

 ただ単に突入してみたかっただけなのさw

 

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 しかし・・・ここまで来たものの、やっぱりあそこには行けそうもない^^;

 コンクリっぽいけれど、見えない部分に煉瓦があるんじゃないかなあ。

 

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 さて、アレは断念した私っちではありますが、

 こっちにも煉瓦橋脚跡があるんじゃね?と、探すことに^^

 

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 あったのはレールくらいでした^^;

 

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 さて一応の探索も終了。

 川島駅に戻るよりも東結城駅に向かった方が早いと言うことで、泥を洗って駅へ。

 

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 レキシトコネクトのマップを見ながら歩いていると『田川』と言う河川にも水戸線がクロスしていることに気づく。

 そこまで行く体力も無かったので超望遠でチラリ。

 するとやっぱりここもまた煉瓦の橋台でした(現役)

 

 さて駅に着いたのはいいんだけど次の電車まで40分・・・

 だったらばと近隣を歩いて位置ゲーの育成で暇つぶし。

 するとーーー

DSCF4268.jpg

 火事!?

 

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 なんてことない、どんど焼きの煙でした(*´д`*)

 懐かしいなあ~

 子供の頃は当たり前にやってたけれど、実家のお母さんに聞けば『今はやってないみたいよ』とのこと。

 伝統行事が無くなっていくのは寂しいっすねえ。。。

 

DSCF4270.jpg

 帰りはプチ祝勝会☆

 いつものように焼酎ハイボールを飲んで帰ったよ(ロングシートだから恥ずかしいんだけどね!)

 

 次回は長野編っす☆

 


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琴音の煉瓦刻印発見録♪『JR水戸線・福原駅ランプ小屋の刻印☆』 [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『煉瓦探索してて初めて他人様に怒りを覚えた』

 

 今まで煉瓦構造物をカメラに収め、その行動に対して、

 道行く人の視線が冷ややかなこともあった。

 また興味を持たれて近づいてくださる御人も数多くいらっしゃった。

 

 ・・・でも今回ばかりは非常に腹立たしい出来事に遭遇したの。

 

 人の趣味はコアであるほどディープであるほど理解されにくいのですが、

『そこまでわざわざ言いますかっ!?』ってことがあったとです^^;

 

 怒りに任せて書きなぐりたいところではありますが、

 貴重な発見ですし、やんわりと書こうと思うよ(自分に言い聞かせ)

 ではではスタートっす。

琴音の煉瓦刻印発見録♪福原駅ランプ小屋2.jpg

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 やって来たのは最近お世話になってるJR水戸線の『福原駅』

 なんでお世話になってるかと言うと位置ゲー『レキシトコネクト』の育成でよく通るだけw

 

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 おや?

 水戸駅行きのホーム上に何か怪しい物件が見えてきたっすよ(*´д`*)

 

 さっそく近づいて見るとお~~~

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 じゃじゃーん!

 来ました『ランプ小屋☆』

 もしくは『危険品庫☆』

 

 ランプ小屋とは、まだ電化・電灯もままならない時代、明治大正期などに保線用の灯り・照明用の燃料など可燃性が高くて危険な物を収納しておく倉庫として造られた建物っす。

 特に煉瓦は耐火の面でとっても重宝されたそうっす。

 

 かつては国営鉄道の駅にはあたりまえにあったらしいんすが・・・

 今や全国でも煉瓦造りのランプ小屋は19~20数棟しか無いそう^^;

 

 いつもこの駅で下車してじっくり眺めたいなあ~って思ってたんすが、が!

 なんせJR水戸線は平均でも一時間に1~2本の運行しか無くって・・・(昼間は特に)

 下車したら次の電車が1時間後って考えると躊躇してたのだw

 

 でも今回はゲーム目的じゃなく『コレ』が目的。

 待ち時間を費やす用に雑誌も買ったのでもう完璧!

 ではでは舐めまわすように観察しましょうず(*´д`*)

DSCF4135.jpg

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 見た感じ、特別な積み方はしてないね。

 でも正面は左と右で何故か違う。

 左手はひたすら長手積みなのに

 右手側は小口・小口・小口積み

 

 入り口の上面にはコンクリ。

 ん?

 おや?

 その隅っこになんかラベルっぽいのあんぞ???

DSCF4137.jpg

 建物財産標?

 どうやら特にかつての国鉄の建築物にはこのタグと言うかプレート表示が義務付けられていたみたいね。

 そこには建物の竣工年や目的などが刻まれているっす^^

 

 危険品庫1ってのはよくわからないけれど、

『T-2』ってのは竣工年だと思うっす。

 つまりはこのランプ小屋は大正2年に建築された古い建物ってことっすね☆

 

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 ランプ小屋は駅のホームと駅舎外に鎮座。

 

 ではでは、まずホームから見える部分で煉瓦ちゃんの刻印とか探しちゃおーっす(*´д`*)

 

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 !?

 ホーム側正面の軒下には特に目ぼしいものは無かったのだけれども、

 建物右手の側面の突き出した煉瓦ちゃんに紋様らしきものが!!!

 

 ズームアップしてみるとーーーー

DSCF4147.jpg

 ん!?

 間違いなく煉瓦の刻印!

 カタカナの『リ』と、後、なんだろ?

 わかんないけれど何かこのカタカナのフォントを見たことがあるような気がする。

 

DSCF4148.jpg

 もう一つはーーー

 これまたなんて表現していいのかわかんないんだけれども、

 こっちもかつて私は見たことあるような煉瓦刻印だなあ~と思った。

 

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DSCF4144.jpg

 さて、PASMOをピッとして駅舎の外へ。

 周りは人っこ一人いない^^;

 ホーム側からは見えない部分も観察することにしようず。

 

DSCF4145.jpg

 入り口に対して丁度裏手に来ました(左手側面は何もなかったので省略)

 

 ここも薄いですが軒下の煉瓦の平面があったので、煉瓦刻印が無いかな~と覗き込んだ。

 すると!

 

DSCF4146.jpg

 !!??

 ぐは!

 二輪の輪っかの刻印

 つまりはかつて東京の葛飾区辺りにあった金町煉瓦(金町製瓦工場)の刻印じゃなーい(*´д`*)

 

DSCF4149.jpg

 こっちも薄っすらだけれども

 金町煉瓦の二重の輪っかにカタカナの『リ』

 

 先ほど見かけた怪しい刻印も、かつて金町煉瓦の刻印を見かけた煉瓦構造物にチラホラ見かけたものでもあったりしやす。

 

 ・・・と言うことは?

 少なくともこのランプ小屋は金町煉瓦製。

 もしかしたら他の煉瓦会社の製品も混じってるのかもしれないけれど、

 こんだけ見たことのある刻印が集まっている。

 つまりは先ほどの怪しい刻印も金町煉瓦の異種か亜種ーーーなんじゃないかな^^

 

 実はここに来る当初は、他の煉瓦会社の製品なんじゃないかとも思っていた(地理的に近い?下野煉瓦とか)

 でも意外な発見!

 

 ここまで煉瓦に関わってくると、小さな発見でも興味が尽きないの☆

 二重の輪っかの刻印以外にも金町さんは刻印をもってた!?とか、

 もしかしたら水戸線に扱われた煉瓦の橋梁なんかは全部金町製なのかな?うふふ(*´艸`*)ってね!

 思わずワクワクしちゃった(*´д`*)

 

 ここからは電車を待つ時間つぶしに用意した雑誌などには目もくれずに、このランプ小屋をカメラのファインダーにおさめ、

 時に自分なりに考察し

 そして何度もランプ小屋の周りをグルグルしてたのです。

 それは自分の趣味として『当たり前の至福な時間』だった訳っす^^

 

 でもそこに『悪魔がやってきた』

 

 私がニンマリ顔でランプ小屋にカメラのレンズを向けている時だったっす。

 駅舎併設の駐輪場辺りからフラフラと酒に酔ってるんだかわかんないけど、おじいちゃんが近づいてきた。

 

 そして私のその様を見るなり、

『なんだそんな煉瓦。そこらへんにいくらでもあるじゃねーか。何を物珍しく見てんだ!』と、

 

 私に視線を向けることなく、

 でも明らかに私の行動に対してわざわざ難癖をつけてきた(大きな声でつぶやいた)んすよお・・・

 

 カチン!と来たよ?

 それに対して。

 

 でも『そう言うこと言う人もいるだろうな。趣味として理解されない部類でもあるし・・・』と、本当は吐き出したい言葉も飲み込んださ。

 

 でもさ、更に私に視線は合わさずにおじいちゃんは続けたのさ。

『こんな煉瓦そこらへんにいくらでもあるじゃねーか。何が楽しいのかw』と。

 

 はあ!?

 はああああ!!??

 

 幾らなんでもひど過ぎる!

 わざわざ難癖つけなくったっていいじゃない!

 

 滅多に他人様に怒らない私でも、どう考えても私に対して言ってきたそのご老人に噛みついてしまったっす。

 

 別に普通に通り過ぎればいいじゃない。

 わざわざ何でそー言うこと私に言うの???

 

『すいません。でもここにあるのは大正期からあり、日本でも20と無い貴重な煉瓦のランプ小屋なんですよ?』と言うと、

『そんなのいくらでもあるだろ。バカ言うな』

 歩みを止めず、でも明らかに私に向けて口ずさむ。

 

 はあ?

 はああ!!??

 

 まあ・・・いいや。それも一応堪えてやる。

 

 理解してないじいちゃんに、私は少し抑えつつも、でも幾らか牙のある感じで言い返した。

『じゃあーおじいちゃんの言うそこらへんにあるって言う煉瓦の場所教えてくださいよ。地元の人?だったら教えてくださればそこに行きますから^^;』って。

 

 そしたら返ってきた言葉が

『そこらへんだよそこらへん。何が楽しんだか』って。

 

 はああ?

 流石に切れたね。

 私は切れた。

 

 コアな趣味は理解されにくいとは言ったけれども、

 それ以前の問題っすよこれって・・・

 

 この福原駅、

 実は平成の世になって駅舎が改築された。

 言っちゃーなんだけれども、場所的に考えるとシンプルだけれどもとっても小奇麗な駅舎へと変わった。

 

 そしてその際にランプ小屋の撤去も危うい感じだったのかもしれないけれどもこうして残されたの。

 それはこのランプ小屋の歴史が認められたからだと思うの。

 地元の人がその価値観に気づいたのかは分からないのだけど、

 すくなくともこの水戸線、そして福原駅に携わってきた方々にとっては『残すもの』と言う価値観のもとに今も尚取り壊されずに現存してる訳。

 

 煉瓦のれの字も知らなかった頃なら『変なじいさんいるな~w』って笑ってスルーしてたかもしんない私。

 

 で・も、

 

 でもどうしても許せなかった私は、なぜか歩みを止めずに歩きつつ私に悪態をつくじじいに抗議しながら論戦っす☆

 

『おじいさんの言うそのそこらへんにあるっちゅー煉瓦を教えてくださいよ。だったら今からそこに行くからさあ(ホントは、オイてめー口調)』

『わざわざ難癖つけることは無いんじゃないでしょうか?(そんな優しい口調じゃねー)』

 

 でも返ってくるその答えは『そこらへんにいくらでもあるじゃねーか。珍しくもねえ』

 

 ・・・だ。

 

 分かち合えないとかそういうレベルじゃねーし!

 

 ・・・こんなにも侮辱されたのは初めてです・・・。

 

 結局、その後はどうしたかって?

  

 本当は胸倉掴んで一発お見舞いしたい気分に心駆り出されたけれども、

 そこもまた『趣味の範囲』っす。

 

 自分でも思った。

『趣味を貶されて人を殴って人生をないがしろにするのはどうなんだろう』って^^;

 

 でも・・・平手打ちくらいはしたかったかなw

 

 だってわざわざ言うこと無くね?

 変な奴がいるな~でスルーするだけでよくね?

 

 それをわざわざ私に聞こえるように言ってくるんだもん。

 そりゃー抗議のひとつもしたくなるよね^^;

 

 フラフラと歩き私の抗議にものらりくらりとかわす爺に辟易・・・

 あんまり大げさにしてもしょうがないと、渋々取り下げて再び福原駅の駅舎へと戻った。

 

 その後すかさずバイクに乗った駐在さんが駅周りをウロウロしたのは近隣住民さんの通報なのか何なのかは分かりませんっす(まあ、特に何も言われてないけどタイミング良過ぎw まあ・・・大きな声でしたしね^^;)

 

 小山駅までの電車を待つ間、

 私は屋根のある駅舎で、思い出したように雑誌をリュックから出して読み耽ることにした。

 

 さっきまでのモヤモヤを忘れるように。

 

 ---定刻間近

 

 ふと、私の目の前を通り過ぎ、駅舎から先ほどのおじいちゃんが小山駅行きのホームへと来た。

 

 ここで丁度、折からの天気予報通りに雨がさんさんと降りだす。

 

 その際に私を見つけたんだろうね。

 バツが悪かったのか、おじいちゃんは、

 私がいる場所を避け、雨が降り注ぐ中、

 私とは一番遠いホームの先で雨に打たれながら小山駅行きの電車へと乗り込んだ・・・。

 

 ・・・だったら、

 あんなこと言わなければいいのにい。

 

 そんな雨に濡れるのなら難癖つけなきゃいいのに(もうこの時点では噛みつきもしないし気力も無い)

 

 趣味ってのは他人には理解されがたいのはよくあること。

 

 だからって『わざわざ貶すことは無い』よね。

 

 というーか同電にはびっくりした(と言うか地元の人じゃねーのかよ!w)

 

 雨が降らなければ・・・

 おじいちゃんが難癖つけなければ・・・

 

 と、思っていた『水戸線の他の煉瓦遺構』には次のお休みに行こうと思っています^^

 

 廃線・廃煉瓦。

 そこにそれ(煉瓦)はあるのです☆

 

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琴音の煉瓦刻印発見録♪『東京都文京区・北野神社ガンタ積みの刻印☆』牛坂・牛天神・常泉院など [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『本当は長野市の煉瓦ぶらり旅を書こうと思ったけど…』

 

 意外と写真多かったのでまた来年にでもw

 

 さてその代わりと言ってはなんなんですが、

 忙しい合間を縫って都内に出向いた時のワタシ日記でもどぞー(*´д`*)

(正直言うとゲームの一環で出向いただけっすけどw)

琴音の煉瓦刻印発見録♪牛坂ガンタ積み.jpg

 やって来たのは東京都文京区の春日

 

 え?どこらへんか分かりずらいって???

 

 簡単に言えば東京ドームの裏側です(何をもって裏なのかだが)

 そこには軍の射撃場跡が残る礫川公園もあるよね。

 その公園脇を春日通り沿いに進めば中央大学。

 そして大学の敷地をぐるりと巡るように路地へと入って行った私。

 すると見えてきたのはーーー

 

 

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 常泉院の新旧の煉瓦塀っす^^

 古い方は珍しいフランドル積み。

 

 んでもってー、

 ここは煉瓦刻印マニアたちがよく記事にもしている場所でもあるっす。

  

 さっそく煉瓦壁の笠下を覗き込めばーーー

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 日本煉瓦製造に吸収されるまで千葉県や東京で古参であり大規模工場だった金町煉瓦の刻印がたくさん見られるのでやんす^^

 

 ですが今回の目的地はここじゃない。

 その先の一本道を進むとやがて見えてくるのがこちらの風景↓

DSCF3524.jpg

 ---素敵な坂だ(*´д`*)

 

 車一台が通るのがやっとの急坂。

 教授(駅員3さん)ならよだれ垂らして喜んでくれそうな坂っすよね(多分、もう来たことあると思う)

 

 実は、この私

 煉瓦にも坂にも興味ない頃にここを何度も通ってたりする。

『狭い道だにゃあ・・・』くらいにしか思ってなかった(常泉院の煉瓦塀もしかり)

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 少し下るとーーー

 左手はシダの這う高台。

 右手にはコンクリの塀。

 

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 そこにはこの坂『牛坂』の謂れが文京区教育委員会さんの解説版に記されていました(こんなの昔あったかな?)

 

DSCF3527.jpg

 ん?

 解説版の上を見上げて思ったんだけど、

 よくよくコンクリの壁の綻んだ部位を見ると『煉瓦』じゃん!

 この裏手はマンション。

 てっきりマンションと道を隔てるコンクリ塀だと思っていたけれど違うっぽい?

 

 さてシダの覆う反対側も見てみようか^^

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 かあーーっ!

 こんなん昔は全然気にしてなかったけどお、

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 シダに覆われたその壁面は煉瓦のガンタ積みだったのねΣ(・□・;)

 

 ガンタ積みってのは建物の残骸・コンクリ片・コンクリ塊・煉瓦塊などを積み上げて新規の建築物の基礎部にする工法。

 とは言っても正式じゃない。

 ぶっちゃけ不安定だしとても薦められない基礎の積み方。

 東京だとこれは関東大震災や戦後によく行われた闇を潜る積み方でもあるっす。

 

 この上に建つ建物はーーー

 どうやら神社の社務所かなんかみたい。

 神社さんは古そうだけどここだけ違うのかな?

 

DSCF3531.jpg

 さて、何故かご丁寧に刻印の無さそうな煉瓦の横っ面ばかり不規則に積み上げてはいましたがーーー

 それでも煉瓦の刻印が見つかりそうな煉瓦の平面が突出してる部分もありましたっすよ☆

 

DSCF3532.jpg

 きましたね!

 小菅集治監の桜の複弁の刻印(*´д`*)

 なんとなく多分刻印があるならそうじゃないかと思ってたけれどやっぱこれが来たかってのがその時のワタシだった。

 

DSCF3533.jpg

DSCF3534.jpg

DSCF3535.jpg

 高台の切れ目(坂下の住宅との境)には、ガンタ積みした煉瓦と言うよりは、

 元々そこにあったのでは?という感じのレンガ積みが(ちょっと歪だけれど他よりは異)

 

 坂下までおりてきた私はその先へと進んでみた。

 

 すると道なり直ぐにーーー

DSCF3536.jpg

DSCF3537.jpg

 先ほどの煉瓦のガンタ積みを擁する北野神社(牛天神様)の参道が見えてきた。

 

 もしかしたらば先ほどの煉瓦の続きが見れるかも?

 と、私はいそいそとその階段を上がることにしたの^^

 

DSCF3538.jpg

 あった!(*´д`*)

 手すりの向こう側に煉瓦が見える!

 

DSCF3539.jpg

DSCF3540.jpg

 この北野神社の境内部には壁面も含めて幾つかの煉瓦が存在していることが分かった。

 

 さてっと、一通り見た私は家に帰ってじっくりと考えてみたっす。

『この煉瓦ちゃんたちは何者か?』って。

 

 それはまるでパズルのピース。

 軍が好きそうな小菅煉瓦の発見。

 歴史ある神社たちに散らばる煉瓦の塊、ガンタ積み。

 

 パズルのパネルが『かつてどんなだったか?』を知りたくて、

 古地図を開いてみたっす^^

東京工廠.jpg

 かつてこの地域は『東京工廠』もしくは『東京砲兵工廠』と言う日本陸軍の兵器を造る場所でした。

 (明治4年~昭和10年)

 その規模は今現在の東京ドームも後楽園も中央大学もすっぽり入っちゃう大きなもの。

 先ほどの牛坂のガンタ積みもまた、その敷地内だよねコレ。

 

 だから私はその東京工廠が幕を閉じた昭和10年以降に北野神社や地元の方が軍の煉瓦の壁の塊などを持ち寄ったり譲り受けたりしてガンタ積みしちゃったんじゃないのかなーって思ったんだ。

 

 んん、でも調べていくとそれだけでは無いっぽいよ?

 

 東京工廠は関東大震災で昭和10年よりも前に甚大な被害を受けたとのこと。

 もしかしたらばあの煉瓦のガンタ積みは震災瓦礫の線もあるのでは?

 

 私っちの推論はここまでっす。

 素人だからねw(超絶、逃げ言葉w)

 

 関東大震災の瓦礫か

 東京工廠解体時の瓦礫か

 

 煉瓦1つとってもこれですよ。

 話は尽きない、土地の記憶ってやっぱ面白いよねえ~^^

 

 さてこのサブブログも今回の話が今年最後でしょう(メインブログ共々作者が忙しいので^^;)

 メインブログの煉瓦好きな女の子『琴音』の視点で、

 メインブログでは紹介しきれなかった記事を書かせていただきました。

 

 正直言うとメインブログで紹介したかった記事も幾つかあったりします^^;

 

 でもいいかな。こっちの方が煉瓦マニアのアクセスが断然多いしねw

 これからも合間を縫って細々と続けさせていただきますです(にっこり)

 

 次回は、また来年。

 ちょいとぶらりで訪れた長野のお話。

 

 ではでは、少なくともこの記事を見てくださった皆々様方に

 良いお年をお迎えくださいと伝えたところでお開きとしたいと思います^^

 

 →長野市編で会いましょう☆

 


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琴音の煉瓦刻印発見録♪『千葉県行徳・コカ・コーライーストジャパン㈱市川セールスセンター』 [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『かつて私は悔しい思いをした』

 

 それはと言うと千葉県市川市に残る国府台の旧陸軍武器庫(千葉血清研究所倉庫跡)の見学会でのことだったっす。

 

 私は既存の『カタカナのホ』の刻印以外に『〇が二つ』の刻印らしきものを見つけ関係者さんにその画像を持ち寄ったんだ^^

 内心、新しい刻印発見しちゃったんじゃない?わたしー(*´д`*)なんて思いながらご意見を伺ったの。

 

 でも返ってきた言葉は『刻印じゃないね』・・・・・・だった^^;

 それはホントに私の写真見たのかよってくらいの即答。

 

『ああ・・・そうですか。ですよね・・・ハイ^^;』とすごすごと退散したのはほろ苦い青春です。

 

 あの時は二度とここの見学会に来るもんか!なんて思ったし、

 既存のホの字の刻印の出どころはどこの工場だったんだろうと調べようかと思ってたのも止めちゃった(どうやら小菅のってことになってるみたいだけど)

 

 勿論、こっちはタダの煉瓦好きな小娘ですよ。

 先生方が違うねって言ったらそりゃそうだろうと思ったけどさ・・・

 

 そんな千葉血清所跡の赤煉瓦倉庫も今年から恒例の見学会が取りやめになってしまったと言うニュースを聞きかじった。

 

 なんでも有志さん達は市の保存を望んでいたけれど、

 市川市はそれを断念。民間売却への準備に入ったから・・・だとか。

 

 もう関わらないでおこうって思ってたけど、流石にそのニュースは寂しい。

 嫌な思い出があったとしても歴史的価値のある煉瓦建築が消えてしまう可能性が出てきたならそれは別物だもの^^;

 

 さて、

 その悔しい思い出のある赤レンガ倉庫の刻印の出どころを探るのは止めたんだけどお

 千葉県の煉瓦工場跡には興味はあった。

 今日はその中の『ひとつ』を探ってみたんだお^^

琴音の煉瓦刻印発見録♪千葉行徳コカ・コーライーストジャパン㈱の刻印.jpg

 実は私ってば『超絶、根に持つタイプ』なのだw

 負けん気とかそんな表向きな言葉じゃ無いねw

 

『先ほどのニュース(市川市が民間売却へ)』を聞いた私は久しぶりに古地図を開いた。

 

 赤レンガ倉庫のある千葉県市川市付近やその河川の流域にどれだけ煉瓦工場ってあったのか?

 もしかしたらばその近隣の煉瓦工場の煉瓦も使われていたんじゃないか?ってことも含めてね^^

 

 そしたらばーーー

 ビックリするぐらい現・市川市界隈には煉瓦工場があったのよお。

 

明治30年代・市川町付近.jpg

 これは明治30年代頃の市川町の江戸川流域。

 少なくとも3つは煉瓦工場の記号が見えるっす。

(対岸の小岩付近に二つ)

  

明治30年代・龍神社付近.jpg

 こっちは先ほどの画像よりやや南東(現・龍神社付近)

 

明治30年代・押切稲荷付近.jpg

 そして今は市川市の一部だけれども、元々は南行徳村の押切付近にも煉瓦工場のマーク。

 国府台から少し離れるし下流だけれど、明治当時は煉瓦の運搬には河川ってのは重要だったしね。

 船なら大した距離じゃない^^

 

 そんな中で、工場名が分かるものを探したんだけど、

 こんだけ煉瓦工場がこの付近にあるっちゅーのに、

 

工場通覧明治・稲荷木工場.jpg

 この市川市、昔の東葛飾郡付近で自分なりに調べて出てきた煉瓦工場は『稲荷木(とうかぎ)工場』だけでした・・・^^;

 創業は明治31年1月。

 

 国府台の赤レンガ倉庫の創建時期は諸説紛々。

 明治34~36年とも言われてるけれど、

 国府台に陸軍がやってきた明治18~19年代なんじゃ?とも言うしね。

 もし仮に明治中期だったならこの稲荷木工場も可能性あるのかな?

 

 さてと、この稲荷木工場ってのは『どこにあったのか?』を古地図で調べてみることに。

 東葛飾郡行徳町稲荷木って辺りらしい。

 するとーーー

明治30年代・稲荷木付近.jpg

 うーん・・・

 あれ?おかしいなあ・・・

 煉瓦工場の記号が無いよおお^^;

 

 そもそも明治の区割り(つまりはどこからどこまでが稲荷木地区なのか)ようけ分からんっすw

 

 そんでもってその周囲を調べたらあーーー

明治30年代・下新宿付近.jpg

 そこより少し南部の旧・江戸川付近、

 今で言う『市川市下新宿』に煉瓦工場記号を発見!

 

 ぶっちゃけ赤レンガ倉庫とも稲荷木工場とも関係無いだろーなーとは薄々感じてはいたけど、

 なんだかここに行ってみたくなった私。

 ハマってる位置ゲー『レキシトコネクト』でも未開のエリアだし、

 せっかくならばと探索に行ってみた(ここまでが前振りw)

 

DSCF3308.jpg

 やって来たのは『妙典駅』っす^^

 ここが一番近いんじゃないかな~って思ったからね。

 

 さて歩き始めてビックリ!

 お寺の数が凄いこと!凄いこと!

 街並みもどことなく古い!

 徳川時代から続く寺町の一角だったんすね^^

 おのずと煉瓦の匂いもプンプンしてきたっすよー

 

DSCF3309.jpg

 歩き始めて15分くらい。

 行徳街道沿いに小さな建屋が見えてきました。

 目の前に止まってるのは見慣れた赤のカラーリングのアレ。

 ここは『コカ・コーライーストジャパン㈱市川セールスセンター』ってとこっす。

 

 前調査の段階では『この敷地は元々煉瓦工場の場所』だったんす。

 ぶっちゃけ行き当たりばったりでここに来たのだけれど、

 可能性求めて煉瓦片でも探してみやしょうず^^

 

DSCF3310.jpg

 するとーーー

 

 !!!???

 

DSCF3311.jpg

DSCF3313.jpg

 敷地の外周は煉瓦敷きじゃないですか!(*´д`*)

 少しの可能性だけでここに来たので私的に大歓喜☆

 

DSCF3314.jpg

 煉瓦の質感はまんざらでもない。

 少なくとも新しいイマドキ煉瓦ちゃんじゃない(経験則)

 

 んじゃー!

 こんだけたっぷり煉瓦ちゃんが居るんだから早速しらべましょう!

 当然、煉瓦の刻印だよ(*´д`*)

 

 するとーーー 

DSCF3319.jpg

 ん? ◎が擦れたような感じの奴が!

 

DSCF3312.jpg

 そしてコッチはクッキリハッキリ

『◎の刻印!』

 

 むう、喜んではいけないいけない。

 刻印の可能性もあるけれど、あくまでも可能性ってだけ。

 これと同じ奴が他にもあったならそのパーセンテージはグッと上がるはずと言うことで、

 その他の場所も探ることに^^

 

DSCF3315.jpg

 敷地に対してぐるりと巡ってみた感じ、

 煉瓦に囲まれているのは行徳街道に面した部分と、

 北側の側面ごく一部のみでした。

 

 その北側の側面。古めかしいコカ・コーライーストジャパン㈱の事務所棟とセールスセンター棟の間の小道の煉瓦も見てみることにしたお^^

 

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DSCF3317.jpg

DSCF3318.jpg

 ふおお~、刻印は無かったけれど縮緬皺が数多く見て取れた。

 これは自分的見立てだけれど、

 少なくとも新しくて大正初期。

 古くて明治中期の煉瓦ちゃんだと思うんだよね^^

 

 さて、家に帰ってから色々と調べなおしてみたんす。

『これって本当に煉瓦工場の名残なのか?』をば。

 

 このコカ・コーライーストジャパン㈱の敷地、

 昭和の初め頃までは『煉瓦工場の表記』が地図に存在していました。

 表記的には明治30~から昭和初期だから長く続いた煉瓦工場だったんじゃないかしら^^

 

 さてと、

 ここが稲荷木工場かと言えばそこはよく分かりませんでした。

 多分、別の煉瓦工場だったんだと思います(地名的にも遠いし)

 では、このコカ・コーライーストジャパン㈱の外周周りの煉瓦ちゃんは『工場の名残だったのか?』を推察してみたいと思うっす。

 

 実はこのコカ・コーライーストジャパン㈱セールスセンター市川と言うのは、

 野田醤油。つまりは『キッコーマン』の元所有地。

 しかもキッコーマンって、かつては『利根コカ・コーラボトリング』と言う清涼飲料水の工場も抱えていました。

 

 知らなかったからそれだけでも驚きだったんすが(マックスコーヒー造ってたのかよキッコーマンw)

 

 以前はこの辺りに『野田の醤油工場』もあったそうなんすよ。

 

 そこで見えてくるのは『醤油工場の煉瓦の名残説』っす。

 なんせ野田市と言うかキッコーマンは煉瓦建築好きだったしねw

 

 で、年表な感じでザっと書いてみやす

 

 市川にあったとされる行徳醤油工場は永禄から???

           ↓

 だけど地図表記的には明治30年頃から昭和初期まで窯業工場の地図記号。

           ↓

 1962年に利根コカ・コーラボトリング市川工場が野田醤油の遊休地となっていた行徳工場跡地付近に設立。

 本社屋は行徳街道挟んで向かい側の下新宿15番地。

 目の前のセールスセンターの事務所棟もそのころからあんまり変わってないらしい。

 

 ( ,,`・ω・´)ンンン?

 昔からキッコーマンの所有地だったところに煉瓦工場の地図記号って何かおかしくね???

 

 

 もしかしたら・・・土地所有は江戸からキッコーマンだけれども、

 遊休地時代(旧野田醤油行徳工場廃止~昭和中期)は煉瓦工場に貸し出ししてたとかかな?

 もう訳わっかんないやーw

 

 と言うことで推察も投げ出すことにしましたw(もっと調べれば見つかるんだろうが)

 

 千葉県辺りの煉瓦工場跡調べはこの後もするつもりなので、いつかどこかで線と点が繋がったらいいですね。

DSCF3320.jpg

 さて、このまま帰ってもいいんだけどぉ

 どうやらここから歩いて15分くらいのところに文化財指定の煉瓦ちゃんがあるらしいのでそこに最後の寄り道をしたよ^^

 

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 やって来たのは『加藤家住宅主屋・煉瓦塀』っす^^

 かつて塩問屋さんとしてこの地で栄を語った明治後期の素敵な家屋っす^^

 

 とは言え私的にはーーー

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 この煉瓦塀よね(ウットリ)

 

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 しかもフランドル積み!(*´д`*)

 

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 さっそく見える範囲で刻印探し!

 でもでも刻印見つからず^^;

 

DSCF3328.jpg

 ん?

 

DSCF3330.jpg

DSCF3331.jpg

 あらら。

 なんか随分と目地が奥に引っ込んでて不安定^^;

 あまつさえ目地も無い部分も存在・・・

 それは主に補修部位だとは思うんだけど、それにしちゃ・・・随分と荒っぽいのね(崩れそう・・・)

 

 貴重な煉瓦塀だし、もうちっと保存を考えて欲しいかな。

 

 さてもう帰るのみ。

 でもこの旧・行徳街道ってのは見るものすべてが『古』を求める者には楽しいストリートでした。

DSCF3332.jpg

 その中でもこの家

 写真じゃ分かりにくいだろうけど、このお家、

 宙に浮いてたんすよ^^

 

 最初は曳家(ひきや。家屋自体をそのまま移動させる技術)かと思ったけど多分違うね。

 

 古い旧家だし、家屋を持ち上げて土台部や基礎の補修をしてたんだと思うよ。

 旧家は残したい!壊さず大事に長く残したいってことだと思います。

 

 これこそ本当の『保存』ってヤツじゃないのかな?

 

 そんな風に思った旧行徳街道の煉瓦工場跡地巡りでした。

 

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琴音の煉瓦工場跡発見録☆『茨城県水海道・江戸屋薬舗の刻印』 [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『忙しくて嫌だわーw』

 

 最近は色々と多忙でグッタリですよ^^

 唯一の癒しは休日に遠出することですね。

 もちろん片手に缶チューハイ(*´д`*)

 そして家に着くなり爆睡w

 こんな日々っすマジで。

 

 さていつものようにゲームついでにある駅で降りてみましたよ。いざスタート!

琴音の煉瓦刻印発見録♪水海道江戸屋薬舗2.jpg

DSC_0717.jpg

 やって来たのは茨城県水海道。

 どちらかと言えば降りようと思って下車した訳じゃなく、

 接続の電車まで30分も時間があったからってだけなんすけどね!w

 

 さて何度か来ている水海道。

 ここは結構そこかしこに煉瓦の遺構が残ってたりする。

 まだ見てない煉瓦を求めて30分以内の範囲で探索してみることにしたよ^^

 

(※ 携帯のカメラで撮影。しかもレンズの汚れのせいで曇った画像が続きます。ご了承ください)

 

DSC_0711.jpg

 そんな折、目の前に素敵な物件を発見です(*´д`*)

 一階の玄関周りと腰回りがいかにも昔の煉瓦っぽい!

 

 さっそく近づいて見るとーーー

DSC_0712.jpg

 しっかり説明書きがありやした^^

 

『江戸屋薬舗』

 元々は元禄13年(1700)から続いていた廻船問屋さんの店舗みたい。

 目の前の建物は安政6年建造だって言うんだから当時としちゃめっさハイカラな建物だったろうなあ~^^

 

 さてっとやっぱり気になるのはーーー煉瓦の部分ですよねw

 説明書きにはこう書いてある

『外国製の輸入煉瓦』と。

 

 外国製か・・・と思ったけど、まあ仕方がないですよね。

 だって安政6年って言ったら、まだ国産の赤煉瓦なんてほとんど存在しなかった頃だしね^^

 

 外国の赤煉瓦にも刻印があるって聞いてるので、一応探してみようかしら。

 ではさっそくスタートお☆

 

DSC_0714.jpg

 うおおおおー!これは珍しい煉瓦の矢羽積み!!!

 玄関横にここだけ矢羽。

 何てまたお洒落店舗だ事♪

 

 さて帰りの時間も気にしつつも軒下周りも見てみようかな。

 今回スマフォのカメラしか無いから不安だったけれど、

 軒下の高さが手の届くような範囲で助かったっす^^

 

 探し始めて数秒。

 いやむしろ最初に見上げたところに怪しいブツが!

DSC_0713.jpg

 うお!?

 

つぼみ刻印.jpg

 うおおおおおおおー!来た来た!

 来ました『桜の蕾の刻印』(*´д`*)

 

 これは横須賀の小原台堡塁とか東京湾要塞海堡などでよくみつかる小菅集治監(現・小菅の東京拘置所)製の囚人煉瓦の刻印のひとつ(*´д`*)

 

 ん?あれ?

 

 日本の煉瓦じゃないのさ^^;

 

 そこで推察してみる私。

 小菅でそもそも煉瓦が焼かれ始めたのが明治11~13年から。

 その前身である盛煉社が焼き始めたのですら明治6年からの話。

 それなのに見つかった刻印は小菅製。

 ひょっとするとーーー

 

 元々は外国製赤煉瓦建築だったのだけれど、修繕修復時に小菅製の煉瓦が使われたんじゃないかな?

 

 廻船問屋の江戸屋さんはお米や薬草を船で東京まで運び、帰りに煉瓦を運んだとかね^^

 

 でもなんだろうこの高揚感。

 煉瓦の刻印発見すると疲れやモヤモヤが和らぐね!

 やっぱり私は煉瓦の刻印探しが大好きみたいだ(*´д`*)

 今回は良い息抜きになったかもしんない♪

 

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 ついでにレキシトコネクトで愛用していた『りゅうな』が目出度くカンスト!(モデル・坂本龍馬)

 これからも頼むぜりゅうなちゃん(*´д`*)

 


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琴音の煉瓦刻印発見録♪『栃木県鹿沼市口粟野の油屋さんの煉瓦塀ほか』 [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『最近は休日ともなるともっぱら遠出してゲーム三昧っす☆』(日常のストレス発散)

 

 位置ゲー(レキコネ)は遠く行けば行くほどポイント高いので、目的(煉瓦構造物)決めてちょっと遠出してきたよ^^

 

 今回の目的地は北関東の栃木県。

 いざ参らん!

栃木口粟野油屋煉瓦塀ほか.jpg

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 やって来たのは東武日光線の樅山駅。

 ぶっちゃけほぼ無人駅っす。

 ・・・さてここからが問題。

 

 目的地はここから道なりに進んだとこなんすがーーー

 バスも2時間はやってこないご様子^^;

 

 んじゃー!歩くしか無いよねw

 約10キロ弱だし、楽勝っしょ!?

 

 だって先日、北海道の名勝タウシュベツ橋から22キロ歩いたばっかだしねw

 へーきへーき(*´д`*)

 

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 さてっと、歩くこと2時間弱ってとこでしょうか?

 鹿沼市の粟野町ってとこにやってまいりやした。

 そこの交差点『口粟野』が今回の目的でやんす^^

 

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 交差点に差し掛かったところで古風な家屋。

 そ・し・て!

 

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 そこに隣接するレンガ調の素敵な物件が見えてきたよっ!(*´д`*)

 

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 石材も組み込んだその佇まいは、この地域の街並みからとっても少し異様。

 っつーか存在感バリバリ☆

 

 因みに、あのラーメン丼の模様っぽい装飾は『雷紋(らいもん)』もしくは『メアンダー』って言うっす。

 中国どころか古い昔のギリシャから使われている建築装飾だったりするっす(意味は主に魔除けとか雷でカッコいいとかw)

 

 さて更にこちらのお宅を見ながら進むとーーー

 

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 なんと立派な赤煉瓦塀のお宅だってことが分かるっす(*´д`*)キュンキュン!

 歩いた甲斐のある素敵な煉瓦ちゃんじゃーん☆

 

 さて早速ですがチェック!チェック!

 目の前のご馳走をたっぷり調べましょうず。

(この近くにバス停があったんすが、猶予がバリバリ1時間近くあったしね)

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 典型的なイギリス積み。

 煉瓦面はすこぶる風化も少なく良好状態☆

 

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 目地は・・・普通かな。

 どっちかってーと、後年に修復したんじゃないかな?って思える感じ。

 

 さて壁伝いに進めばーーー

 

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 その向こうには石倉が。

 土地的に大谷石かな?

 

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 お勝手口になるのかな?

 この部分の左手側だけは何故かフランドル積み(フランス積み)

 

 んじゃー!いつもの刻印探ししてみやしょうず(*´д`*)

 私的には栃木と言うこともあってシモレン。

 つまりは『下野煉化製造』の煉瓦ちゃんじゃないかと踏んでるんだけどね^^

 

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 軒下部分には出っ張りが!

 これは刻印探しの大チャンス(*´д`*)

 

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 んー・・・

 

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 んんー・・・

 

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 あの傷怪しい・・・とか思いながらずっと見てたら、いつの間にかさっきの立派な建物のとこまで来ちゃった^^;

 

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 それっぽいなーっと思えたのはコレくらい。

 でも同じものは無く、ただのキズっすね^^;

 

 せっかくここま来て何も無しか・・・とも思ったけれど、

 ゲーム的にはだいぶ新規エリアボーナスゲット出来たので良しとしやしょう(負け惜しみ)

 

 さて名前は出せませんが此方の表札に『油屋』と言う屋号が表記されてたのよ。

 そこでよくよく調べてみると、

 元々は天保の時代から菜種・荏胡麻などからの絞油で財を成した旧家だとのこと。

 あのレンガ調の立派な建物は後年、町の郵便屋さんとしても使われていたんだって。

 なるほど道理で立派な佇まいなわけだ^^

 

 さてっと、後はバス停から駅に戻るのみ。

 でもちょっと周辺も見て見やしょう。

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 めっちゃご近所には『百八体地蔵尊』なるものが。

 ちょっと感動。奥までズララララーって居並ぶ地蔵菩薩は圧巻っす(*´д`*)

 

 せっかくだしー、いいことありますようにって、一番端っこのお地蔵様にお願いしてみたよw

 

 そしたら早速、御利益あったんすよーこれがw

 

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 先ほどの油屋さんの3軒となりまで来たところ、

 民家の垣根下に煉瓦ちゃんがあったとです。

 

 これは・・・自分で言っちゃうのも嫌らしいけれども、

 遠目に見ても少し古そうな煉瓦ちゃんぽいって勘が働いたんす(いや、むしろ今までさんざん見てきた経験則からなのかもね^^;)

 

 大通りに面してるし民地だから気まずいけれど、一応チェックを試みた。

 

 するとーーー

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DSCF3277.jpg

 えっ!? 刻印じゃん!

 しかも『井桁にカタカナのサの刻印!』

 

 これって・・・四国香川県の讃岐煉瓦???

 そうだとしたらば・・・私っちが今まで見てきた中では最北限なんですけど!

 

 ん、いや・・・でも・・・

 井桁の刻印が随分と『ちっせー(小さい)w』

 

 別の煉瓦会社な気がするっすね^^(栃木の過去の煉瓦工場の製品?)

 

 この後、家に帰ってお兄ちゃんと談義したけどお、

 さっぱり出どころ分からずw

 

 でもいつか解明したいなあ~と思った私でした☆

(お地蔵様、素敵な謎刻印ありがとー!)

  

※一部修正したいと思います^^

 この井桁にサの刻印は、『シモレン』つまりは『下野煉化製造会社』の煉瓦刻印でした☆

 シモレンの資料見てて気づいたよ。ウッカリっすねw

 


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琴音の煉瓦刻印発見録♪『千葉県東金市・八鶴湖畔の煉瓦刻印☆』 [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『今日は千葉県に遠征っす!』

 

 え~っと、なんでかって言うとー

 今やってる位置ゲー的に新しいエリアなので行くだけで新規ボーナスポイント貰えるからw

 

 そして煉瓦的にも私っちにとって千葉県はかなり『未開の地』でもあったからなんすよね^^

 

 さて今回、位置ゲーと煉瓦の一挙両得を目指した場所はーーー

『千葉県東金市』にある人造湖です。

 

 その湖畔には『煉瓦の刻印』が待っているらしい☆

 ではではスタートっす(*´д`*)

琴音の煉瓦刻印発見録2 東金市八鶴湖畔造り酒屋跡.jpg

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 関東は連日二十日を越える雨日だと言うのに、この日は最後まで良い天気(*´д`*)

 

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 お酒とおつまみとカメラ持って出かけた先はーーー

 千葉県は東金駅でございあす☆

 

 さて目的の場所はと言えば?

 

DSCF2695.jpg

 駅からそう遠くないところにある八鶴湖と言う場所っす^^

 ではでは歩きやしょうず☆

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 歩いて行くと心惹かれる古き建物が点在していることに気が付きました(*´д`*)

 じっくり見たい・・・

 でも帰りの電車の本数や移動時間を加味するとそうもいかないのでグッと我慢の子っす^^;

 

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 歩くこと14~5分ってとこかな?

 無事に八鶴湖って言うコンパクトな湖ちゃんにたどり着けました(*´д`*)

 

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 この八鶴湖の説明版があったのでサラッと読んでみるとビックリ!

 だって人造湖って聞いてたから、てっきり近代的目的(例えば灌漑用水とか貯水池)で新しめな湖だと思ってたら

 全然違うじゃんか!w

 

 簡単に言えば徳川家康の別荘の湖じゃんかよw

 めっちゃ古いし歴史あるし格式あるのね^^;

 

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 さてさて実は今回の目的地の正確な場所を正直この時点でまったく分かってなかったの、私^^;

 

 でもどうやらこのコンパクトだけれどもトランジスタグラマーな八鶴湖周辺から延びる小道にソレは『ある』らしい。

 

 っつーことでとりあえずグルグルしてそれっぽい道を探すことにしたよ(*´д`*)

 

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 やっさこまくに劇場???

 

 ちょっと地方にある劇場って事で、エッチい想像しちゃった人もいるかもだけど(思ってしまいました反省してます)

 

 ここは『ヤッサコマチ劇場』と言う、

 東金市のアピールの為に結成された地域発アイドルユニットさんの本部みたいなとこなんだって!

 

 さてその隣に見えてきたのはーーー

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 なんかめっちゃ雰囲気ある旅館さんでしたよ!

 

『八鶴亭』

 明治18年創業の老舗旅館。

 なんと、おバカな私でもなんとか知ってる文豪さんも訪れたことある由緒ある建物なんだって(国の有形文化財・建物自体は昭和初期改修)

 ちなみにさっきの劇場は、この八鶴亭さんの物件だそうっす(歴史もあるが新しいものにも寛容)

 

 お昼もお昼の食事時。

 ランチも2000円台からやってるし~(松花堂膳とか)

 ちょっと奮発して食べてっちゃおっかなーとも思ったけれど、

 とりあえず目的を達成した残り時間で決めることにして先を行くことにしたっす。

 

 そこからちょっと歩くと!

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 うひょー!煉瓦ちゃんの校門の学校発見(*´д`*)

 ここは『千葉県立東金高等学校』

  なんと明治41年創立の歴史ある高校でした!(女子高としてスタート。元々は家康さんの東金御殿の跡地☆)

 

 この煉瓦の校門は当時の名残だそう。

 いちおー、刻印探ししちゃったけれど、

 学校系は今のご時世、あんまり目の前ウロウロしてると怪しまれるのでサッサと退散っすw

 

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 さて・・・

 八鶴湖を半周したところで神社の鳥居に遭遇です。

 情報ではここら辺から高台へと通ずる小道に物件があるらしいんだけど・・・

 結局ここで右往左往。

 その中で『2ルート』それっぽい道を見つけたとです^^

 

 っつーことでまずは最初に目星をつけた小道にレッツゴーでやんす☆

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 アワワワワ・・・

 なんか情報と随分と違うとこに来ちゃった^^;

 

 でも『もしかしたら・・・』って先を進むと(むしろ登り)

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 どう考えてもこっちじゃねーし!ってとこまで来ちゃったよマジでw

 

 だからUターン決めかけたところで八鶴湖へと下って行きそうな別の小道を発見!

 ならばいざ行かんってことで降りて行きやした。

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 なんか、あんまり人がこなそう^^;

 

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 しかも随分とつづら折りじゃん!

 

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 ふと道端に幾つも幾つもお盆の時の『精霊馬』が置かれてたよ!

 もしかして地元の人にとっては結構大事な小径なのかな?この道(確かにこの道の上にはお墓がありました。ご先祖様を胡瓜の早馬でお出迎えして、茄子の牛でのんびり帰っていただきやしょう!って風習。素敵ですよね^^)

 

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 道の向こうに民家が見えてきましたっす。

 その向こう側には八鶴湖の周りに植わってる木々が見える!

 どうやらスタート地点には戻れそう(*´д`*)

 

 そう思った矢先にーーー

 

 

 

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 これですよw

 

 なんと情報にあった物件にマジ遭遇です☆

 

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『ここには古そうな煉瓦が残る駐車場があるよ^^』ってお兄ちゃんに聞いていたのだけれど、

 確かにイギリス積みの古っぽい低い煉瓦壁が周りをグルッと囲ってたんす。

 

 んじゃまー!せっかくここまで来たので調査開始であります!

 目指すは煉瓦刻印ちゅわ~ん(*´д`*)

 

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 うぐう・・・(-_-;)

 なんかぱっと見、煉瓦の刻印が見れそうな上部は笠石があるじゃない・・・

 

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 でもですよ!

 外周っぽい煉瓦壁以外にも敷地の中にも区枠された煉瓦壁があったんす。

 そこはモルタルも残ってるけど煉瓦の平面もたくさん見れそう(*´д`*)うひょー!

 

 っつーことで喜び勇んで駆け寄ったとです。

 

 するとーーー

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 キタ――(゚∀゚)――!!

 刻印が来ましたよマジで(*´д`*)

 

 でもこれなんて読むのかな?

 そのどれもが微妙に擦れていてハッキリ判別しづらいんですけど^^;

 

『一宮上・・・?』かな???

 初めて目にした煉瓦刻印ちゃんっす。

 

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 その他には同じような傷のある煉瓦たち。

 モルタルの食いつきが良いように付けた跡とかなのかな?

 

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 やっぱりどれをとっても同じような刻印と法則性同じな傷の煉瓦ちゃんがいっぱい。

 

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 さて、駐車場っぽいところは『二面に分かれていて』

 一段挟んで下にも同じような煉瓦壁の残る区画があったんです。

 当然そこも見て回るわたし^^

 

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 ん~、ただの赤煉瓦だけじゃ無いっすね。

 焼過煉瓦っぽいのもありゅ。

 でも随分と焼きムラが不規則(爆裂したものもある)

 目地の度合いも考えて、少なくとも等級的にそこまで良い煉瓦では無い気がするっすね(個人的感想っすw)

 

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 駐車場を背にした山肌にも煉瓦の柱的なものを発見!

 でも・・・

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 それはちょっと民家さんの敷地内っぽかったので近づいて見るのは遠慮しましたっす。

 

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 でもどうもその民家さんの入り口付近の煉瓦壁ちゃんも今まで見てきた煉瓦壁の続きっぽいじゃんかー

 

 せっかくなので透かしの部分も見てみる(煉瓦壁の穴が開いてるとこっす)

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 あらら。やっぱりさっきまでと同じような『一宮上?』の刻印だ^^

 

 と言うことは駐車場もこのお宅も『元々同一の敷地』だったってことっすよね?

 

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 面白いことに、ここから煉瓦壁の積み方も少し変化。

 さっきはイギリス積みだったけど、

 上部はそのままに下側80パーセントは小口積みに。

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 それは坂を下る程に変化する。

 ここなんて色合い的にも4種の面妖。

 時代ごとに修復してた感じが見受けられるっす^^

 

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 そして煉瓦壁も終盤を迎えたところで(ここは完全に民家さんの壁)

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 煉瓦の質も上等品っぽくなりました。

 

 上は小口積み。下はイギリス積み!

 

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 あ、ごめんなさい!

 まだまだ先があったっすw

 

 もうちょっとだけそこから側溝伝いに低い立派な小口積みの煉瓦壁ちゃんがあったよ(*´д`*)

 

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 坂を下りきると、八鶴湖。

 

 なんだよー!

 2ルート模索してたけどこっちの道だったんだねw

 

 さて考察推論、ちょっとしたデータと個人的妄想で、この煉瓦ちゃんが『どんなものか。どんなものだったか?』検証してきやしょうず(*´д`*)

 

 お兄ちゃん情報だと、この煉瓦壁のある駐車場は『元々造り酒屋さん』だったらしい。

 

 ならばと昔の航空写真でも見開いてみるとーーー

今現在の東金市航空写真.jpg

 これがさっきの駐車場となってた部位。

 そしてこれが、

昭和50年代東金市航空写真.jpg

 昭和50年代の同じところ(薄くピンクで塗ったところがそう)

 見比べた感じ大きな屋根の建屋が二棟建ってたのは間違いないっすよね^^

 つまりは建物の区割りそのままに跡地は第一第二~って感じで駐車場になってる感じね。

 

 煉瓦使ってたってんだから結構古い造り酒屋さんだったんでしょうね^^

 

 

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 さて帰りは渋い建物が多い東金市を軽くぶらり。

 駅までたどり着くと、どうやら上りも下り線も30分以上待つみたい。

 ならばと言うことで、

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 駅前にあった『三はし』と言う料理屋さんに突入しましたぜ(*´д`*)

 

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 当然ビアー☆

 そして海鮮丼☆☆☆

 正直、お客さんも私だけだし流行ってない感じもしたから刺身のネタ的にどうだろうかと勘繰ってしまいましたが、

 マグロなんかは色にくすみも無く新鮮な中トロでめっちゃ美味しかったあー(*´д`*)

 

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 帰りは途中から特急に乗って帰っちゃったw

 だって千葉県は広すぎるんだもんw

 そしてお土産にと生落花生買いましたよ。

 お兄ちゃんと私と同郷の夕実っちとで仲良く塩ゆで落花生にして食べたんだけど、やっぱ千葉の落花生最高です(*´д`*)ウマー

 

 ま、そんなある夏の物語でした☆

 


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