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琴音の煉瓦刻印発見録☆『長野県岡谷・丸山タンク』 [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『こんなん近所にあったら秘密基地にしてる』

 

 うちのおとんが昔『韮山の反射炉で遊んだことあるぞw』と、とんでもないこと言ってきたのだ。

 

 ・・・せ、世界遺産だよ?

 

 怖いことすんな~とは思ったんすが、

 おとんの子供時代には今のような価値観も無い時代だったのかもとも思ったっす。

(わたしがお父さんの子供時代に戻れるのなら、きっと反射炉内の写真撮りまくるんだろうけどね☆)

 

 さて今回も旅先で見つけた煉瓦ちゃん。

 駅メモで飯田線制覇を成し遂げて長野県岡谷市に到着。

 そこにもやっぱり煉瓦はあったのですーーー

琴音の煉瓦刻印発見録☆・長野・丸山タンク.jpg

DSC_0002.jpg

 ローカル屈指の長大路線『飯田線』をクリアして岡谷駅に到着したあたし。

 とりあえず乗り換えまで1時間近くあるみたいなのでプラプラすることにしやした^^

(お酒の補充もしたいしね!)

 

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 駅舎から出るのは初めてかな?

 へえ~こんな外観なのね。

 煉瓦チックでいいじゃない^^

 

 さてと~岡谷についての前知識もほとんどないわたし。

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 駅前の観光案内版に頼ることにしたっす。

 

 するとですよ!

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 うおおおおおーっ!

 どうやらご近所に煉瓦構造物が遺構として残ってるみたいじゃない(*´д`*)

 

DSC_0006.jpgScreenshot_20190115-160653.png.jpg

『丸山タンク』ですか。わたし気になります(*´д`*)

 どうやら徒歩4分の駅チカ物件とのこと。

 っつーわけで行きましょ行きましょ☆

 

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 目的の場所へと近づいてくると、少し雰囲気が変わって来た。

 今までは道路に並行するように民家や店舗があったけど、

 ここからは石垣もあってちょっと丘になってるっぽい。

 

 ではその丘をのぼって行きやしょうず^^

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 如何にも丘の天辺付近ってとこに到着。

 右手の古そうな家も怪しい。

 

 ブロック塀の小脇を登ればーーー

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 おお~~!

 なるほど素敵な煉瓦ちゃんじゃないのさー(*´д`*)

 

 さてなぜ『なるほど』と言ったかと言いますとだよ

 柵もトラロープも制止線も無いガチで触れ合えそうな物件だからだよん(*´д`*)

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 じっくり見ていきやしょう。ここだけで一時間費やすことに決めたしw

 

 見た感じじゃ上部と下部で煉瓦の質感は違うよね。

 継ぎ足したのかな?

 タンクって謳ってるからには水に強い煉瓦と積み方が必要だと思うの。

 積み方は上も下もイギリス積み。

 煉瓦は~~下部が赤煉瓦で上部が焼過ぎかな?

 

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 周りには何かの出口。水が出るところ?

 いやちょっと違うかな。

 

DSC_0012.jpg

DSC_0013.jpg

 グルっとまわるとコンクリの台座みたいなのがあった。

 なんだろ?

 単純に発想するならタンクの膨張を外から支える、つっかえ棒的なものじゃないかしら。

 

 さてさてさらにグルっとまわるとーーー

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 しっかり解説版がありやしたw

 どうやらわたしっちが上って来たのは正規なルートじゃないのかもw

 

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 そこに記されたるものは、このタンクの形状。

『外周38m、高さ約2m、壁の厚さは60センチ強。』

 どうやら煉瓦は外壁のみで内部はコンクリの三重構造のようっすね^^

 

 そしてこのタンクは『何のタンク?』ってのが岡谷の歴史と共に綴られていやす^^

DSC_0016.jpg

DSC_0017.jpg

 ここ岡谷市(旧岡谷村)は元々、長野県屈指の製糸業で発展した土地でした。

 1910年以降、幾数の製糸工場が立ち並んだそうっす。

 

 明治期の主力製造と言えば、工業はもちろん、製紙・皮革・浴衣染め・製紙。

 今ももちろんそうですが、良質な製品をつくるには良質な水の確保必須だった。

 

 当初は各工場自身の引水でまかなえていた水もやがて万年水不足へ。

 だったらば『組合つくってみんなでタンクつくったほうがよくねーづらか?』

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 と言うことで、大正3年にこの丸山タンクが天竜川にほど近い小さな丘に出来たってことみたい(めっさザックリと解説しちゃったけど)

 

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 その下には昔の丸山タンク周辺図

 

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 中はこんなになってるらしいね。

 見たいね~(すっとぼけ)

 

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 え?中がどうなってるのか見たい???

 

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 で・は・こ・こ・か・ら・い・き・ま・し・ょ・う・か・あ~(ニッコリ)

 

DSC_0024.jpg

 正直、若い女子のわたしっちでギリ

 成人男子の体格では潜るの厳しくね?ってとこを潜り抜けた先は、

 写真の通り内部は二重のコンクリ層がグルリとしてやした^^

 

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 外周煉瓦は内側からだとこんな感じ

 

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 導水管口かな?

 

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 ちょっとよじ登って斜め上からの全体図?

 

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 なんかそのコンクリの上に煉瓦が適当?に置いてあるんすけど!

 

 せっかくなんでーーー

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 チェック!チェック!

 積んである煉瓦ちゃんは風化によって綻びた煉瓦を置いてあるのか

 見た感じ質感もバラバラの煉瓦ちゃん達。

 ピアノ線的な線もあるし機械成型でしょうね

 残念ながら刻印は無かったかな^^

 

 んじゃ~外周の煉瓦ちゃんもチェック行きやしょうず!

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 だってコッチは天辺の平面剥き出しだものお~(*´д`*)

(しかもグルっと一周38m分すべて!)

 

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 ピアノ線的な筋

 

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 煉瓦ちゃんの積み方を上から目線で見ると小口・小口・長手。

 

 さすがに屋根も無いし風化の一途を絶賛辿っている丸山タンクちゃんだけども、刻印かは分からずともそれっぽい『へこみ』は幾つか見たよ^^

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 二かなあ?

 

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 これは・・・苦しいか?

 

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 こっちなんて更に苦しいw

 

 まあ~と言う訳で、刻印ぽいのはほとんど見つからなかった訳w

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 ココは今となっては民家に囲まれた小高い丘。

 

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 子供時代にこんなとこあって自由に出入りできたのならどうします?

 

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 私だったら、お兄ちゃんと一緒に絶対秘密基地ごっこしてた自身あるねw

 

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 さて何だかんだで40分近く居たので駅に戻りやしょう。

 丘から来た道とは別の道へと下ると陶管みたいなものがあちこちに。

 

DSC_0044.jpg

 丸山タンクと寄り添うように立つ古い民家も何かしら関係あるのかな?(写真右手の数軒)

 

 いかがでしたか?

 岡谷にはまだまだ多くの製糸業が栄えていた頃の痕跡が残っています。

 乗り継ぎで時間が空いたからとかそんな理由じゃ無く、じっくり散策してみるのがいいかもですね^^

 ではではまたどこかの煉瓦ちゃんでお会いいたしやしょうず(*´д`*)

 

 ※今回から新スマフォになったのですが、画像比をちゃんと設定してなかったせいで、こんな横長な画像になっちゃいやしたw

 次回からは良い感じのやつで頑張りやす(まあ次はスマフォカメラじゃなくて普通のカメラ画像なんですけどね)

 


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琴音の煉瓦刻印発見録☆『福岡・久留米市、遥拝台』 [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『宮城遥拝』

 

 煉瓦の塔を登り詰めた私の目の前に現れたのは宮城遥拝と刻まれた石碑だった。

 

『宮城』と書いて『キュウジョウ』

 これはかつて明治中期に使われていた皇居の呼び名。

 

 そして『遥拝(ようはい)』

 これは遠方(東方)の地に向かって拝むこと。

 

 柳川市の煉瓦を見届けた私は、そこからそう遠くない久留米市の小さな丘の森の奥へとやってきました。

 勿論、煉瓦構造物を追ってです。

 

 見上げたそれは今までにあまり見たことの無い造形でしたよ^^

 ではではスタートっす☆

琴音の煉瓦刻印発見録☆『福岡県久留米市・遥拝台ほか.jpg

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 やって来たのは久留米競輪。

 ・・・っつってもぉ~

 ここには用事がございませんw

 

 わたしっちが用があるのはーーー

 

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 その久留米競輪の裏手に広がる小さな丘っす^^

 臨時駐車場脇を通っていざ!森の奥へ!

 

 途中、左手に折れる登り道があったっす。

 そこに私は足を踏み入れた。

 

 すると鬱蒼とした木々の向こうに何かが見えてきた!

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 うおおおおおおおーーーっ!

 ここっすよ!

 これっすよ!

 今まで煉瓦構造物を調べてきた中で、

『是非一度行っておきたいって場所リスト』ってのを常々メモ帳に書き記していたんすが、

 その中の一つにようやく出会うことができやした(*´д`*)

 

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 まずはじっくり見やしょう(*´д`*)

 

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 積み方は上から下まで小口積み。

 

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 そして何と言ってもこの湾曲!!!

 少しオーバーではあるっすが、まるで日本のお城の

『武者返し』のような素敵な反り具合(*´д`*)

 森に佇む灯台のようなそのフォルムにまずは感動っす☆

 えっ!?なぜ感動かだって?

 煉瓦を弓なりに綺麗に積み上げるって結構大変よ?

 ただ積み上げるだけだと外面はボコボコになるはず。

 たぶん、ひとつひとつの煉瓦が特注であり湾曲したように積み上げているんだと思うの。

 それだけ手をかけた代物だと言うことが伝わってくるっすよね^^

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 上部はどうでしょう?

 特に意匠も装飾もない小口の段々っす。

 

DSCF5604.jpg

 裏手側に回り込めば入り口がありやした。

 これはもう行くっきゃナイトっすよね^^

 

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 入り口上部は煉瓦の平面バリバリ。

 というか、いつか落ちてきそうで怖い(といってもトンネル構造の力学もあるので落ちないけど)

 

 さて中はと言うとーーー

DSCF5606.jpg

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 敷き煉瓦ちゃんは全部煉瓦の平面剥き出し(*´д`*)

 

 当然やっぱり刻印探しっすよね!

 私の見込みだと久留米市のご近所にあった荒木の煉瓦とか大牟田の煉瓦じゃないかとふんでるんすが・・・

 

 刻印らしきものは無かったっす( ノД`)シクシク…

 

DSCF5608.jpg

 ・・・どうやら上れそう?

 その階段もまた平面剥き出しなのでチェックしつつも登って行くことに^^

 

DSCF5609.jpg

 うわあ~雰囲気あるなあ~♪

 

 とっても狭い空間なんだけれども、

 まるで西洋の城壁の中を登って行ってるみたい(*´д`*)(中々、総煉瓦造りのらせん階段を上るってのは日常では無い経験っすよね?)

 

DSCF5610.jpg

 途中に小窓が。

 見上げた時はそうたいした高さでは無いと思ってたけれど、案外高く感じた。

 

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 小窓の縁には煉瓦に英文字が刻まれていたっす。

 最初は『なんだー、ここに来た悪い人が悪戯で彫り込んでったな~^^;』って思ったんす。・・・ヤンキーさんとかねw

 

 ・・・ん?

 でもそれにしちゃー結構、左右対称で綺麗にイタズラ書き(彫り)したもんだとも思った。

(イタズラにしちゃ綺麗だよね?)

  

DSCF5612.jpg

 さあようやく頂上。

 

DSCF5613.jpg

 ここが私が出てきたところ。

 その開口部もまた煉瓦積み。

 

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 辺りを見回せば、360度コンクリの低い手すりが備わってやした(もしかしたらばこの内部もレンガ?)

 

DSCF5615.jpg

 自分が抜けてきた開口部の天辺には何か石碑がありゅ!

 

DSCF5616.jpg

 ???

 えっと・・・篆書かな?これ。

 最初は何て書いてあるのか分からなかったっす^^;

 

 古文の授業や通ってた習字の授業で見たような字だなあ~~とは思ったけれど、もっと勉強しておくべきだったかもっす^^;

 

 さて、一通り謎も深まって来たところで

 この怪しげな煉瓦構造物について紐解いていくことにしようず^^

 

 まずはこの地図を↓

久留米市史・昭和3年の地図.jpg

 これは昭和3年のこの地域の地図(矢印が今いる場所)

 

久留米都市計画街路決定ノ件・国分周囲地図.jpg

 見にくいのでもっと綺麗な地図はこっち。

 よく見るとご近所に広大であからさまに怪しい区画が存在するでしょ?(池じゃないよ?もっと下の方)

 

 歩兵とか色々記述されてるでしょ^^

 

 そう、実はこの久留米は明治の時代に陸軍の連隊が置かれた地域でもありました。

 簡単に説明すれば今の自衛隊が居を構えていたと思ってもらえればいいかなあ(違うけどねw)

 

 久留米連隊が発足したのは明治36年。

 列強支配が強まるご時世、日本もまた隣国の防衛手段として各地に連隊を置いたのです。

 

 ここは特に出征の足掛かりになる場所でもありました。

 ここから飛び立った兵士がその後どうなったか?

 それは戦争の歴史を知るものならばどれだけ多くの犠牲者がいただろうか語るまでも無いでしょう。

 

 昭和17年。

 その戦没者や不慮の事故にあった兵学の生徒たちを慰霊するために、

 新たに陸軍墓地が建設されました。

 それが今現在の久留米競輪場含めたこの界隈でした。

 

 その中の施設の名残がこの森の片隅に立つ煉瓦の塔。

 名前は『遥拝台』なんす。

 

 この施設の意味合いは、恐らく当時の天皇陛下への礼拝だと思うっす。

 当時、絶対的神である陛下のお住まいの皇居へと向かって、ここから戦死者の鎮魂の祈りをささげた・・・んじゃないかなあ。

 だからこそ、しっかりとした煉瓦造りなのでは?

(※昔の煉瓦の戦争遺構は割と目地とか粗雑なことが多い。要塞や防壁等にかっこつける必要ないしね。

 守ってなんぼだったし)

 

 さてっと、一通り見たので戻ることに。

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DSCF5618.jpg

(※競輪場もここから見えるよ^^)

 

DSCF5619.jpg

 塔内部のアーチのある部位は何に使われていたんだろ?

 

DSCF5620.jpg

 悲しいかな、神聖な場所であったにもかかわらず現状はこんな感じだったりする・・・^^;

 

DSCF5621.jpg

 残念ながら刻印は無し。

 ただし、それっぽいのならいくつか存在。

 根気があれば・・・見つけたかもねw

 

 さて、ここに来たなら『ワンセットでここも見なきゃ』と言う場所があるらしい。

 それはここからめっさご近所。

 せっかくなんで行きやしょうず(*´д`*)

 

 

 ---歩くこと1分(すぐ横ですw)

DSCF5622.jpg

 なんかメッチャ素敵な場所に来たんだけど(*´д`*)

 

 ここは『円形野外講堂』と言う、

 軍事従事者たちへの慰労のコンサートを開くために造られたんだとか^^

 

 残念ながらココは立ち入り禁止なので、わたしっちの光学50倍ズームが火を噴くぞいw

 

DSCF5623.jpg

 ん?

 あれ???

 何か客席に当たる場所の土台とか煉瓦っぽくね?

 

DSCF5624.jpg

 ステージ中央の舞台にある扁額は『養其神』かな?

 意味は何だろ???

 誰かおせーてw

 

 ステージ外周の小道を進めば、舞台裏側も見えてくることに。

DSCF5625.jpg

 んっ!?

 

DSCF5626.jpg

 おおっ!?

 

DSCF5627.jpg

 ええっ!?

 

DSCF5628.jpg

 表側からはコンクリの冷たいステージだなあと思っていたっすが、

 裏手側に回り込んで覗けば、コンクリの解れた部位も含めて煉瓦っぽい構造物じゃないのさ!(*´д`*)

 

 ・・・う~ん、でもー

 でもでもでもー・・・

 随分と白っちー、白華した煉瓦だよねこれ?^^

 

 コレってもしかして赤煉瓦でも白煉瓦でもない別なもの?

 

 そこでお兄ちゃんたちと煉瓦巡りした経験を思い出すわたし。

 そう言えばーーー

 関西以西には特に『鉱滓煉瓦とかカラミ煉瓦みたいな鉱物生成時の不要不純物で煉瓦状に作り上げた煉瓦』の建物が沢山あったじゃん!

 

 ---もしかしてこの煉瓦に似てるようなブツもソレかな?

 

 色々調べていくと、どうやら鉱滓でもカラミでも無いみたい。

 幾つかの記述を見た限り、

『コンクリートがらで再利用したもの』らしい。

 

 がらって何やん?

 

 それは鉱滓煉瓦やカラミ煉瓦と同様、

 コンクリート製造工程の際に出たコンクリブロックくずなどのリサイクル煉瓦ちゃんなんだってさ^^

 

 屑も砕いて成型し直せば安価で使える建築材に成りえたってことっすよね~^^

 

 とは言え慰問用コンサート会場の煉瓦はコンクリの屑煉瓦で、遥拝台は立派な純正赤煉瓦。

 この差に当時の時代背景が見えてくるのも面白いですよね^^

 

 ・・・おお~っと、

 そろそろ帰らないと東京行の新幹線に乗り遅れちゃうだわさw

 せっかくの九州旅行でしたが煉瓦を見たのは今回これっぽっちw

 でもまた来ますよ。

 だって九州にはまだまだたくさん煉瓦構造物ありますから(*´д`*)

 

 最後に、刻印一個も見れないんじゃ煉瓦刻印ハンターの名が廃るのでコチラを↓

DSCF5629.jpg

 この軍人墓地となっている正源氏公園の片隅で見つけた耐火煉瓦。

 これで許してくださいw

 ではではまた今度っす(*´д`*)

 


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琴音の煉瓦刻印発見録☆『福岡県柳川市・並蔵赤レンガ☆』鶴味噌ほか [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『昔テレビで見かけたあの場所へ』

 

 今回、わたしっちは煉瓦抜きのノンビリお正月旅行に出かけたんでやんすが・・・

 

 でもでもでもー!

 

 やっぱりせっかく遠地に赴いたなら普段は中々お目にかかれないとこに行きたくなっちゃうっすよね!(煉瓦遺構的意味で)

 

 九州ぐるっと一周旅の最終日、

 時間を作って何とか何か所か巡ってきたよ(*´д`*)

 ではではスタートぉ!!!

琴音の煉瓦刻印発見録☆『柳川市』.jpg

DSCF5630.jpg

 西鉄大牟田線に揺られてやってきたのはここ『西鉄柳川駅』

 

 それってどこなんよ?と言う関東人もいると思うのでコチラ↓

柳川はどこ?.jpg

 福岡県の南部に位置する『柳川市』ってところで~やんす^^

 

 さてそこってどんなところと言われればーーー

DSCF5631.jpg

 こ~んな感じの風景にすぐ巡り合えるのだ^^

 

 水郷柳川

 かつては人もつかない湿地帯だったこの土地は『あること』によって変貌します栄えちゃうんです^^

 

 水が邪魔なら御濠を掘ってそこに流しちゃえばいいじゃん。

 その御濠を掘って出ちゃった泥土で宅地や畑を作っちゃえばいいんじゃね?

 

 凄い逆転の発想。昔の人は頭ええっす^^

 

 ほんとはもっと語れる部分もあるけれど端折るからねw

 

 今ではその御濠を川下り(御濠めぐり)に利用して観光スポットになってたりするわけでやんす(正月だけど、この駅でほとんどの電車に乗っていた人が降りたよ。人気すごいね!)

 

 さてこの柳川はそのせいもあって水運の街としても栄えた商業都市でもありやす(目の前は有明海)

 明治の頃になると商業倉庫が幾つも立ち並んだ訳っす^^

 

 その中でも特に煉瓦に注目していくよ☆

 今回は福岡大の百武先生の『福岡地方の古い赤れんがの化学成分』って言うネットで見られるPDFファイル内に記述された建築物を参考に柳川市内を周ってみたの^^

百武先生のレポ・赤煉瓦成分PDF抜粋.jpg

(※白黒画像だったのでカラー化してありやす)

 

 記述内には悲しいことに現存の煉瓦遺構は思ったよりも乏しいって注釈があるんだけれど・・・

 それでも幾つかの煉瓦の名残があるらしい。

 

 その中のいくつかを時間の許す限り廻ってみたっす^^ 

DSCF5632.jpg

 歩き始めてまず民地に煉瓦蔵が見えましたっす。

 先生!ここ載ってないっすけど!って思ったけれどそれはおいておこうw

 

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 やって来たのは江戸期の藩学時代から歴史を重ねる超絶歴史のある伝習館高等学校(@_@)

 

 そこにかつての名残があるらしい。

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 むう~・・・

 一見、古そうに見えるけどここでは無いみたい。

(天辺は鳥の糞ばかりだしい・・・^^;)

  

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 御濠を伝って学校の裏手へと行きます。

 

 するとそこには!

DSCF5637.jpg

DSCF5638.jpg

 んん~・・・

 びみょー^^;

 ここじゃないのかなあ?

 

 よくよく見れば

DSCF5639.jpg

 どうやら改修工事中らしい・・・(切ないなあ・・・)

 

 さて気を取り直して先へと行きやしょうず^^

 このご近所の市役所裏手にも古い煉瓦塀があるらしいのでそこを目指すよ!!!

 

 そしたら学校と道路挟んで対岸に立派な煉瓦塀のお宅を発見(*´д`*)

DSCF5640.jpg

DSCF5641.jpg

 刻印は見受けられなかったけれど不思議な煉瓦積み。

 イギリス積みでもなくフランドル積みでもなく長手積みでもない。

 

DSCF5642.jpg

 門塀付近には煉瓦積みの小屋もある大きなお屋敷でしたっす^^

 

DSCF5643.jpg

 さてさてさて、

 やっとこさ市役所裏の煉瓦塀ってとこにたどり着きましたぜ(ものの2~3分w)

 

DSCF5644.jpg

 えっとお・・・古いのかな?

 でも先ほど見た民家の煉瓦塀と同じ積み方だココ。

(長手積みに横に何個かで小口が入る)

 

 でも小口が入ってるってことは壁として厚みがあって裏壁にも煉瓦面がありそうだと思い、

 市役所内からも見てみることにしたの。

 ひょっとしたら外壁面だけ補修して裏側は昔のままかもしれないしね^^

 

DSCF5645.jpg

 裏っかわへと到着。

 控え壁もあるし間違いなくこっちが裏側。

 

 ん~どうやらこっちも同じかな?

 表側で小口面が見えた部位は控え壁の付近に当たるんじゃないかな?

DSCF5646.jpg

DSCF5647.jpg

 煉瓦片が散らばってるので煉瓦表面チェック!

 縮緬皺も無し。

 もしかしてここも改修されちゃったのかな?

(割と近代的な煉瓦成型の縦の線が薄っすらと入ってるし)

 

 さて、記述にはもう一つ『御花』と言う柳川藩主邸宅があった区画にも古き煉瓦塀が残ってるとあったのですが、

 この後の時間都合もあって泣く泣く断念(ちょっと遠いのよ、ここからはw)

 

 でも最後にもういっちょ。

 本来ならばーーー

 今まで見てきた煉瓦の中でも最も柳川駅から最寄りの物件へw

 別にもったいぶった訳じゃないっすよ?

 最初から時間的にそういうふうにルート組んだだけだからねw

 そこはこの柳川市でも特に有名なスポット。

 お堀とワンセットでCMや映画にも使われたことのあるところでやんす^^

 

 ---歩くこと十数分

 

 それはようやく見えてきた。

DSCF5648.jpg

『柳川並倉赤レンガ』

 

 あ~んやだあー!

 お堀に映りこむ赤い三連の煉瓦蔵がチョーすてく(*´д`*)

 

 さてこの三つ居並ぶ煉瓦蔵。

 南棟・中棟・北棟。

 実は年代がそれぞれ違うとのこと。

 

 どれが一番古いか(最初に建てられたか)分かるかなあ?w

 

 せ~い~か~い~は~~

 

『真ん中にある中棟』なんだそうっす^^

 

 詳しい記述は調べきれなかったけれど、

 真ん中の中棟が大正初期。

 それを皮切りに大正7年までに左右の棟が増築されたそうっす。

 じゃあ~せっかくだし望遠ですけど見ていきやしょうず(*´д`*)

DSCF5650.jpg

 真ん中の蔵の低層窓際は小口だけれど、

 

DSCF5651.jpg

 上面はーーー

 ん?小口二個を挟んで長手とか、

 小口三個挟んで長手積みとか良くわからん積み方w

 フランドル積みっぽいイギリス積みみたいな変則?

 

 さて後期となる左右の南棟・北棟はと言うとーーー

DSCF5649.jpg

DSCF5652.jpg

 箇所によってはバラバラだけれどもドッチもフランドル積みに近い積み方っすね(◎_◎;)なぜ?

 

 悪く言えば結構雑多。

 よく言えば不思議な感じ。

 

 煉瓦の建築の歴史のセオリー飛び越した積み方ですw

(普通に考えるならフランドル積みが古き積み方だし)

 

 でもちょっと気になるところがあったっす。

 

 それは市役所裏で見た煉瓦塀の積み方と、そのご近所の民家の煉瓦塀の変則的煉瓦塀の積み方に似ているなあ~ってとこっす(小口を二個や三個間に挟んだ長手積みとかね)

 

DSCF5653.jpg

 改めてお堀を挟んで並倉赤レンガを見てみる。

 水面に映る赤レンガと合わさってその姿、佇まいにはほれぼれしたし来た甲斐があったと思いましたっす^^

 

 いや!

 やっぱまだこのままじゃ終われないっすよ!

 

 だってーーー

 刻印とか探してなくね? 

 

 さすがにお堀側から並倉赤レンガに近づくのは無理があるので表側へと廻って、

 煉瓦刻印の可能性を模索することにしたっすよ^^

DSCF5654.jpg

 ちなみにその外側にも煉瓦風な建物があるけれど、どう見たって昭和か平成だし煉瓦じゃ無いよねw

 

 おっとっと、

 煉瓦にばかり意識が行き過ぎてこの並倉赤レンガの『正体』をお話をすることをすっかり忘れていたので紹介しておきやしょうw

 

 この並倉赤レンガと呼ばれる建物、

 それはーーー

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『鶴味噌醸造株式会社』と言う、

 創業明治3年と言う九州地方屈指の長い歴史を誇る味噌醸造メーカーさんの、元麹室でありんす^^

 

DSCF5656.jpg

 さて、もしかしたら赤レンガへの小道でもあるんじゃないかと表まで来たものの・・・

 赤レンガへ通じる道は全て鶴味噌さんちへの敷地内ですw

 

 直接交渉しかもう道がないわけです。間近に見上げることができるのはね^^;

 

 ・・・でもそんな時間もないしと、なかば諦めながら表門を通り過ぎる(むしろ直アポとか私にそんな度胸は無いw)

 

 するとですよ!

 

 神様はいるんですね。

 勿論、煉瓦の神様が(*´д`*)

DSCF5657.jpg

 うおおおーっ!

 鶴味噌さんちの駐車場脇(?)の瓶甕の前に煉瓦が放置してりゅうw

 

 あからさま過ぎて笑っちったよw

 

 とりあえずせっかく(?)用意していただいたので見てみることにするっすよ(*´д`*)

 

 するとーーー

DSCF5658.jpg

 おお~!

 見事な縮緬皺じゃないのお~(*´д`*)

 

 と、なると、

 機械成型初期だからかなりの年代物?明治かな?

 

 そんな感じで次も見て行くと!

 

 ん!?

DSCF5659.jpg

 うごおおおおおおおおー!!!

 来ました煉瓦の刻印ちゃん(*´д`*)

 

 こんな古そうな煉瓦ちゃんです。

 しかも鶴味噌さんの駐車場(?)出入り口。

 まったく関係ない煉瓦ってことは無いよね???

 

 さて『大丸に三』と言う中々見ない刻印っす。

 いったいどこの煉瓦工場だろう???

 

 と言うか、そもそも関西や九州の煉瓦刻印なんて私ってば全然知識無いしねw

 

 そこで今回は煉瓦刻印と言ったらパイオニアである、

『旧道倶樂部さんの九州地方煉瓦工場消長表』をチェックしましたっす^^

 

 ・・・

 ・・・

 ・・・?

 ・・・あれ?

 九州の煉瓦工場にはそれらしい刻印が無い!?

 

 うーん・・・

 先生が分からないんじゃ自分には無理ゲーだと思った^^;

 

 ・・・ん?

 あれ?

 思い出せ!私。

 そう言えば九州地方の煉瓦は明治初頭は特に『大阪などによる関西からの煉瓦を主に越県輸入してた』じゃんかお。

 

 っつーことで同じく先生の『関西煉瓦製造業』の表をチェック。

 するとそこに答えはありました。

 

『丸三耐火煉瓦』

 明治29年が起こりの大阪の煉瓦工場。 

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 耐火煉瓦ってのが少し引っかかるけれど(見た目は赤煉瓦だからね)

 社名からしてそれっぽい^^

 

 一応、先生も注釈で書いていたんだけれど刻印的には同じものが他にあります。

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 日本窯業㈱ってところも似通った刻印を打っていたかもと。

 

 正直言えば鶴味噌さんの軒先にこの煉瓦刻印があったからと言って、

 丸三耐火煉瓦か日本窯業の煉瓦ちゃんが並倉赤レンガに使われている煉瓦なのかは不明。

 

 でも、こんなとこから何か手掛かりとか切っ掛けが見つかったりもするから、

 やっぱり面白いんだよねー

 煉瓦刻印探しってやつは(*´д`*)

 

 まだまだ考察したいことは山積み。

 

 でも先を急ぐよ☆

 

 次回は『福岡県久留米市の競輪場裏の丘にある煉瓦』っす。

(※予告していた徳島・淡路島の煉瓦はこの次の記事以降に差し替えさせていただきます) 




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琴音の煉瓦刻印発見録♪『サッポロビール博物館の煉瓦の刻印☆』 [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『歴史的煉瓦・ビール・美味しい食事・そして煉瓦の刻印!

 

 煉瓦を求める者に対して、

 

 こんな最高条件を満たしてくれた煉瓦構造物って今まであったでしょうか?w

 

 ・・・ああ、ごめんなさい。

 私事ですのであしからずw

 

 北海道煉瓦シリーズ最後に向かった場所は『酒と涙と開拓使と煉瓦』がすべて凝縮された場所でした。

 ではではファイナルすたーとっす^^

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 苗穂・福山醸造株式会社の煉瓦倉庫群から西へと真っすぐ歩っているとソレはありやした^^

 

 もうこの時点でお腹の下あたりがキュンとする光景(*´д`*)

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 まるでテーマパークみたいな入り口(そうでもない?)

 いざ行きましょう!そうしましょう!

 

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 んぐああぁぁぁあー!!!

 どうやら正門口では無い方から来ちゃったみたいだけど、もう裏手側からしてイケメンな佇まい(*´д`*)

 

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 自販機も煉瓦チックでいいっすね(*´д`*)

 

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 せっかくなんで裏手側も舐めまわして行きやしょうず(*´д`*)

 

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 蛇腹にディンティルと装飾の意匠も立派!

 

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 壁面はイギリス積み。

 窯で焼いた時に煉瓦同士が重なった部分の焼きムラが見えた。

 こういうのは割と近代に焼いた煉瓦に多いっす。

 っつーことは外壁の煉瓦は新しいものも使われているってことかなあ?

(※サッポロビール博物館は1987年と2006年に外壁補修をしています)

 

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 見上げればデカデカと開拓使時代のシンボリックマーク『五稜星』が^^

 

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 ん?何あれ?

 

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 ああ~んなるほど。

 この建物が何であるか。

 この建物は『ビール大麦』がいかに関わったものなのかをアピールするものなのね。

 

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 さあ、いよいよ正面っす。

 

 さんざんもったいぶったけれどーーー

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 みんなご存知

『サッポロビール博物館』っすw

 

 言わずも知れた札幌観光の名所。

 ここに来れば『北海道開拓使、特に札幌の歴史』が見えてくる重要な存在。

 しかもビールも飲めてジンギスカンも食べれちゃう☆

 

 旅の終わりにここを選んだのは言わずもがなと言うことでネ!

 

 さて、

 今回はサッポロビール博物館での復刻クラシックビール試飲&ツアコンのお姉さまの説明付きの『プレミアムツアー』を申し込みました^^

 

 それまでにはまだまだ時間があるので、外観を見ながらこの建物の歴史なんぞを掻い摘んでいきやしょう。

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 明治初頭、政府は列強外国からの侵略に備えるべく、まだ人の手がいたらない原野が数多く残る北海道を国土開発、そして領土確定させるために開拓使を設立することになったとです。

 

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 北方警備と開墾の労働力として日本各地から屯田兵として移住してきた人たちの尽力もアリ、次第に人の手が付く明るい土地へと変化していきました。

 

 その中には才あるものも多く、北海道の歴史を築いたものも多かった。

(当初は全国に移民を募っていたけれど、後年にはもともと居住していた人たちに補助をするから開拓民にならないか?ってシフトチェンジすることになるけれど)

 

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 さて、開墾しただけでは生きていない土地

 そこで政府はその開墾地にて、産業、畜産や農業を奨励することにした訳でやんす。

 

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 その中で、のちに大都市となる札幌苗穂地区に『日本では初めての産業の息吹』が小さく、でも華やかに大地に芽吹かせることになります^^

 

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『開拓使麦酒製造所』設立(明治9年)

 

 後のサッポロビールの祖とも言うべき工場。

 

 官営による『どうせならば日本人による日本人の為のビールを造らないか!』と言う名のもとにこの地に集った人がいました。

 それはーーー

 

 技術者『中川清兵衛』

 開拓使官吏『村橋久成』

 

 この人たちが居なければ後の日本のビール産業はかなり立ち遅れたものとなっていたはずです。

 

 詳しい話は割愛しちゃいますが(煉瓦のお話がメインなので)このお二方の尽力こそが、

 当初、諸外国貴賓たちや日本の要人へのおもてなしビールから一般大衆へのビールへと広がりを見せたのはあきらかだったりするっす^^


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 さて、↑上の見取り図には総合受付のある『サッポロビール博物館』と(右側施設)、

 それにつながっている『開拓使館』(左手の施設)と、今現在は用途によって分けられてるのですがーーー

 

 元々は同一の煉瓦建築。

 

(博物館は文字通りビールの歴史を説明するブース。開拓使館は主に飲食などで使用)

 

 この煉瓦の建物は『元々はビール工場として造られた工場では無い』のでっす^^

 

 明治21年、官営の工場として甜菜から砂糖を製造する『札幌製糖株式会社』がこの地に設立。

 明治23年には立派な立派な赤煉瓦工場がつくられました。

 

 ---ですが・・・

 この札幌製糖は不祥事と、そもそもの原料の甜菜の仕入れに失敗。

 あえなく10幾年で閉鎖の憂き目に^^;

 

 そ・こ・に!

 

 大衆化が進みつつあったビール。

 それにつれて需要もうなぎのぼり!

 

 常々、工場増設して儲けてえー!と思っていた開拓使麦酒製造所(この頃には民間払い下げにより社名は札幌麦酒會社)にとって、

 こんな身近で最高の居ぬき物件が他にある訳ないだろ!!!

 

 ってことで、この製糖工場の赤煉瓦物件を買い取りましたw

 

 つまりは元々は製糖工場の居ぬき物件な訳っす^^

 

(※因みに札幌麦酒の第一工場群の跡地は函館本線を挟んで南側にあるサッポロファクトリー。

 このサッポロビール博物館がある場所は第二工場群です^^)

 

 さ~て、一通りザっと歴史を説明したんすがーーー

『煉瓦視点』で見て行くとしましょうず。

 

 この元・製糖工場跡。

 設計したのはドイツの設計事務所となっているのですがーーー

 これと同時期に建設された北海道庁赤れんが庁舎に細かいところで類似点が数多くあるらしいってお兄ちゃんに聞いていた私。

 

 っつーことわだよ!

 北海道庁赤れんが庁舎と同じ煉瓦が使われてる可能性ってことっすよね?

 つまりは旧道庁に数多く使われたとされる『鈴木煉瓦製造場』(明治17年創業)の煉瓦刻印が見つかればその証明っす。

 もしあるとするならば『〇にS』の刻印。

 ならばと、曇天貫く高い高~いサッポロビール博物館の煉瓦刻印探しをしてみることにしたのですよ^^

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 うー・・・首が痛い^^;

 と言うか、観光客が多い中で熱心に双眼鏡で煉瓦を見ている私に向けられる視線が痛いw

 

 本当はガッチリ時間の許すまで刻印探しをしたかったんだけども、

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 ツアーの時間が迫っていたので博物館内へと戻りやす^^;

 

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 ツアー開始場所までの道のりでも内観煉瓦や窓際煉瓦とかチェック!

 何度も改修されてるけれども、昔のまんまの煉瓦が絶対残ってるはず!

 

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 結局のところ、ビール博物館側では刻印らしいものは見つけられませんでした^^;

 

 でもこのプレミアムツアーは私的に是非推奨!

 この記事で端折ったこの博物館の歴史も、開拓使の歴史も、そして日本のビールの歴史も全部知ることが出来るから☆

 

 そして何と言っても最後に試飲の復刻札幌クラシックビールが飲めるのがいいのよ(*´д`*)

 

 結局『〇にSの刻印』ねーーのかよ!と、ここまで来て思ったんすが、

 そんな悔しさよりも今は食欲が上回っていた。

 

 ・・・なんせ朝から何も食べてにゃい・・・^^;

 

 私は最後にサッポロビール博物館でジンギスカンを喰らうと決めていたのでレストランを早速目指す!!!

 

 正確に言うと開拓使館。もしくはサッポロビール園

 と言うかさっきも言った用に、サッポロビール博物館も開拓使館も『同じ製糖工場赤煉瓦工場』だけどねw

 

 もしかしたらば通路が繋がってるのかもしれないけれども、一旦、博物館を出て開拓使館の入り口から突入。

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 ここは一階も二階も三階もレストランに改修されたとこ。

 

 元々は『隣の工場で今できたばかりの爽快なビールをどうぞ!』のコンセプトで出来た園内レストランでもありやす^^

(昭和40年頃から~)

 

 どのレストランでもいいかなあ~って思ったけど、

 11・30~15・00まで生ラムジンギスカン食べ放題のある2階へと行くことしたよ(*´д`*)

(※飲み放題込みで税込み3240円。)

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 ああ~ん、もお~おなかペコペコ。

 登る階段脇にも煉瓦が見えども突き進む私。

 

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 ん?

 あれ?

 

 ・・・踊り場付近で思わず立ち止まる私。

 

 それは私の歩みを留めるには十分に価値あるものだったのです。

 

 ちょっと背伸びして煉瓦を覗き込むとぉーーーー

 

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 うおおー!!!

 どこかで見たような『Eの刻印』が!!!

 

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 こっちにも同じのがありゅううー!!!

 

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 これはなんだろ???

 傷かな?

 でも怪しい!

 

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 探せばあるあるEの刻印たち(*´д`*)

 やっとこのサッポロビール博物館にも刻印を見つけることが出来て嬉しいと言うかやったね!と言うか安堵したw

 

 さてEの刻印。

 これは私が北海道に来てから見かけたことありますよね?

 それはズバリ、江別の屯田兵火薬庫跡っす^^

 

 あそこには鈴木煉瓦の〇にSの刻印以外に『Eの刻印』がありました。

 解説案内には鈴木煉瓦が使用されていると記述されていたので、同等の物が見つかった訳だし、

 ココこそが直に見て取れる『サッポロビール博物館も鈴木煉瓦製使用』って答えになる場所と思いやす^^

 

(Eの刻印が他工場の可能性もあるけれど、あんなに小規模な火薬庫にわざわざ別会社の煉瓦なんか使う理由も極めて低いしね)

 

 いや~ん。思わぬ発見で大満足(*´д`*)

 あ・と・は、空腹を満たすのみ!

 っつーことでレッツジンギスカンへ♪

 

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 食事時を過ぎていたせいか、広々とした館内にポツンと一人、席に通されたわたし。

 女子一人で焼肉ぱーりぃーってのも気が引けるんだけど、周りに気兼ねなく恥ずかしくもなくジャンジャン食べれそうw

 早速食べ放題飲み放題を注文っす(*´д`*)

 

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 素敵な内観に見とれているとーーー

 

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 やってきたきた生ラムちゃんたちいいい(*´д`*)

 

 焼けたラム肉をひとつ頬張ればーーー

 やだあ・・・

 めっちゃ美味しいんですけど!

 東京で食べるのと絶対違う気がするんだけどどうしてえー?

 臭みとかあると思ったのに全然気にならないし^^

 やっぱ本場は違うよね☆

 

 さて元を取るぞ!と躍起になっておかわり注文。

 そのうちに他のお客さんも増えてきやした。

 

 するとーーー

 こんなに広々として席もたくさんあると言うのに、

 なぜか私の席の周りに家族やカップルをご案内して周りを固められましたw

 ・・・さすがにボッチで食べてるの辛くなってきて撤収いたしやしたぞ^^;

(まあ~おなかも十分満腹だったしね。ビールも結構飲んだしお腹パンパンw)

 

 さあ、今日と言いますか北海道煉瓦旅もこれにて閉廷。

 後はホテルへ帰るのみでしたっす。

 

 だけどね?

 開拓使館を出ようとした時に『強烈に気になっていた場所』があったの。

 そこは、一階部分の窓際。

 だってそこにも刻印が見られそうな煉瓦の平面が突出してたからーーー

 

 だけども問題発生!

 なんとその窓際は喫煙所ブース内だった訳だわさ^^;

 

 わたしってば煙草苦手なんで躊躇してたんだけど、

 ここまで来て『可能性を捨てられない!』と意を決して、おじさまたちがスパスパしている喫煙所のブースに飛び込んだ!

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 灰皿の裏手が煉瓦の平面が見える窓際。

 

 ここで思わず私は煙草では無く息を飲み、カメラをリュックから取り出したんです。

 

 だってーーー

 ---

 ---

 

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 〇にSの刻印があるじゃんんんんんっ!!!

 だいぶ潰れてはいるけれども間違いなく鈴木煉瓦の刻印!

 

 まさかこんなところで・・・と思わず笑う私にオジサンたちも『何だろ?^^;』って顔してましたよw

 

 私は公的な職員でも学芸員でもなんでもない。

 だからプロのように権限も無く内部賢覧とか詳しい資料とか持ち合わせてもいないっす。

 

 でもね?

『一般の人でもちょっと頑張れば外観内観から刻印を発見して煉瓦の歴史を垣間見れるんだよ?』って言う、この煉瓦刻印発見の瞬間が大好きなの^^

 

 この刻印発見の数々。

 プロはとっくに見つけているのだろうけれど、それでもこの宝探しが私はとっても大好きっす^^

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 外に出るといつのまにか曇天から青空が広がっていた。

 やっぱり赤煉瓦は青空に映えますよね^^

 

 まだまだ見ぬ北海道煉瓦はたくさんありますが、それはまたいつの日かってことでここで閉幕っす。

 

 さて次回からは?

 徳島県・兵庫県の煉瓦たちをお送りするっす。

 今年の冬に行った徳島県の煉瓦構造物と淡路島洲本、そして要塞煉瓦もご紹介。

 ついでに近日に神戸へ出向くので神戸の煉瓦たちも紹介予定です。

 ではではまた今度お会いいたしやしょうず(*´д`*)

 


 


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琴音の煉瓦刻印発見録☆『江別ガラス工芸館、苗穂・福山醸造株式会社の煉瓦倉庫』 [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『時として電車の車窓から見えたものに出会いがある』

 

 最近は電車に乗っていてもスマフォ画面ばっかりポチポチしてたりするのですが、

 車窓から見えた景色にヒントを得て偶然に煉瓦遺構との出会いをしたーーーなんてことが結構あったりします。

 

 今回は江別編と、その車窓から見えた偶然の産物の物語。

 いざ、スタートでやんす^^

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 前回の煉瓦の平屋の団地跡から歩くこと数分、森の中に何かが見えてまいりやした。

 割と見通しの良い平坦な街並み・理路整然とした区分けの街にこんもりと、

 そしてポツンと小さな森がそこにはあったのです。

 

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 矢印は『ガラス工芸館』と森の中へと誘います。

 せっかくなんで行ってみやしょうね^^

 

 小さな森の奥にはーーー

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 あらやだ、こんな素敵な物件が(*´д`*)

 ふっつーにドラマのロケで使えそうっすよね☆

 

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 洋館のこの・・・こう言う塔みたいなのって何て言うんだっけw

 名称はわっかんないけれど煉瓦建築で素敵!

 

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 こっちは煉瓦造りのポーチ(簡単に言えば本館より突き出ている玄関口かな?)

 ああ~ん素敵ぃ(*´д`*)

 

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 煉瓦の上にはメタルスライムみたいなオブジェ。

 

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 その煉瓦もイマドキ煉瓦ちゃんじゃ無さそう^^

 

 んで、

 この建物は~何かと言うとおーーー

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 その名も『江別市ガラス工芸館』です☆

 

 ココもまた江別市がエブリのように買い取った『過去の煉瓦建築の再利用物件』ってことになりやす^^

 

 元々は江別市に数十あった煉瓦工場の一つであり、

 今でも現役な工場のひとつでもある

『丸二北海煉瓦合資会社(現・丸二煉瓦株式会社)』の旧代表『石田さんの邸宅』っす。

(※丸二煉瓦株式会社は大正10年創業~現在。

 旧石田邸は昭和21年頃建造)

 

 煉瓦の都のアピールには持ってこいの素材であり歴史もあって、ちょっとだけ移築&改修をしてガラス工芸館として生まれ変わったってのが流れでやんす^^

 

 さあ~改修されているとは言え、もしかしたら昔の丸二煉瓦さんの『刻印』とかあるかもしんない☆

 んじゃーいきましょか!

 れっつ刻印探しい~♪

 

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 メタルスライムが乗っかっているとこは煉瓦の平面がみえりゅ。

 ここも要チェックっす!

(でも、改修後の煉瓦みたい)

 

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 およ?

 土台部位の張りだしたとこも平面が見えるよ!

 

 覗きこむとーーー

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 ん~・・・判断しづらいなあ^^;

 今どきっぽい煉瓦でもあり昔っぽい煉瓦でもあるかなあ~

 

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 少し裏手に周ってみた。

 そこには煉瓦の丸窓。

 壁面は入り口部位の壁面よりはくすんで見えたが古い煉瓦なのかは分からない。

 

 でもーーー

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 その真下に張り出している煉瓦は如何にも当時の煉瓦っぽかったっす^^

 まあ~でも結局刻印らしきものは無かったんだけどねw

 

 ここならばもしかして刻印が~と思ってたんだけど、あえなく撃沈っす^^;

 

 本当ならばもう幾つか江別市の煉瓦遺構を巡りたかったんだけど、今後の予定が推しているのでまたいつの日かの再訪を誓って次へと向かうことにしやした。

 

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 因みに野幌駅前には登り窯のオブジェと、その説明版があったりしやす^^

 

 さて、

 明日は帰るだけの日程なので、今日が北海道煉瓦に触れ合う最終日だったワタシ。

 

 最後は『食事も出来てお酒も飲めて、しかも北海道を代表する煉瓦建築』へと向かう算段でした。

 

 そこは野幌駅から函館本線に乗って札幌駅まで戻り(7駅くらいかな)

 そこからちょっと歩いた場所にある『誰もが知ってる物件』

 

 運良くすぐに来た電車に乗り込んだ私は一路札幌へと向かったのだがーーー

 

『んっ!?なんか煉瓦の倉庫みたいなのが見えた!』

 そう、あと数駅ってところまできて車窓から煉瓦の建物が見えちゃったから、さあー!大変。

 

 急遽、ひとつ手前の駅ーーー

 

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『苗穂駅』で下車することにしやした。

 

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 ここ苗穂駅の北側には広大な車両基地がありやした。

 

 後で聞いた話だと、この車両基地内には煉瓦の建物がワンサカ残ってるんだとか・・・^^;

 見学できるのは『北海道鉄道技術館』のみ(明治42年12月建造の煉瓦建築)

 しかも毎月第2・第4土曜日限定と言うふらっと北海道に来ちゃった私には狭き門^^;

 

 今現在は先の北海道地震で閉館中だそう。

 

 今度は日を改めて再訪することにいたしやしょうず^^;

 

 ---さて、

 私が車窓から見た煉瓦ちゃんは、この車両基地のすぐ隣にありやした。

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 うひょー!なんかとっても素敵な建物なんですけど!

 

 あれ?

 でも車窓から見た建物はこれじゃ無いなあ。

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 勝手に入れないので望遠で(現役の工場ですし)

 

 そこには『トモエ醤油・コバン味噌』って看板が。

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 見上げると『福山醸造株式会社』って書いてありゅ。

 

 ここに居るだけで醤油の匂いが鼻をくすぐる。

 どうやら醤油工場さんみたい(しかも歴史古そう!)

 

 んで、とりあえず車窓から見えた煉瓦の倉庫たちを見つけようと裏手にまわってみたっす。

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 お!やっぱここっぽい!

 もっともっと回り込んでみたらーーー

 

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 そう!これこれ!

 この煉瓦倉庫群が近代建築達の合い間に見えたのよお(*´д`*)

 

 札幌に残る煉瓦建築たちの中でも、これほど規模も大きく連なってるのはたぶんココだけじゃないかしら???

 

 もうとってもワクワク感が煮えたぎる☆

 

 ん~・・・でも裏手の駐車場を含めて間近に見学するのは難しそう^^;

 

 っつーわけで、

 望遠に頼ることにw

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 見た感じ長手積みが主流。

 でも小口積みも多く散在。

 案外そこまで古くないのかな?

 

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 とは言えとっても気になる煉瓦ちゃん(*´д`*)


 ホテルに着くなり調べまくってみやした。

 

 ここはーーー

 明治24年創業と言う北海道屈指の味噌醤油醸造の老舗さん『福山商店の工場』だったとです^^

(福山商店⇒福山食糧工業⇒トモエ醤油株式会社⇒福山醸造株式会社へ社名変更の変遷あり)

 

 大正7年に苗穂工場を設立ってホームページに記載されているから、その当時の煉瓦建築。

 

 ああ~ん・・・

 出来るなら煉瓦の刻印とか探してみたいよねえ~。

 

 一応、工場見学も要予約で可能とのこと。

 ただし、5名以上・・・だってさ^^;

 

 しかも工場内じゃなく外部も見たいんだけどそれが叶うかは交渉次第なんじゃないでしょうかw

 

 さて遠目から舐めまわした煉瓦倉庫群を後にする私。

 次はいよいよ今回の北海道煉瓦シリーズのフィナーレの物件っす。

 

 偶然にもそこはココから歩いて行ける場所でした。

 と言うか『その場所へのアクセスをよくするために苗穂駅を約300m移動計画中』だったりもしやすw

 

 そこは札幌の開拓使の歴史が詰まった建物そのもの

 どこかで見たような煉瓦刻印も登場。

 気になる方はしばしお待ちくださいっす(*´д`*)

 




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琴音の煉瓦刻印発見録☆『江別・旧肥田製陶工場(EBRIエブリ)ほか』 [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『大規模工場群があったにしては、すこぶる残ってるものが少ない感じ』

 

 江別にやってきて最初に感じたのは、案外煉瓦の遺構が少ないことでした。

 よく見やれば散見するんだけれど、イマドキ煉瓦ちゃんの方が多いかもね^^;

 

 さて、そうは言っても残ってるところには残っているのですよ。

 今回出向くのは『再利用物件』プラスα

 ではでは行きやしょうず(*´д`*)

琴音の煉瓦刻印発見録☆旧肥田製陶工場・江別・エブリ.jpg

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 火薬庫跡から線路沿いを伝って歩っていると、高砂駅までやって来やした。

 江別駅と野幌駅の丁度中間地点と言ったとこでしょうか。

 

 さらにそこから歩くとーーー

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 一見、イマドキ風レンガ調の建物が見えてきたっす♪

 

 でも煉瓦タイルでも、イマドキ煉瓦ちゃんでもありやせん!

 ここはーーー

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 この建物は『EBRI(エブリ)』と言う平成28年にオープンした江別市の商業施設っす^^

 

 昭和16年開業の『旧肥田製陶工場』

 通称『旧ヒダ工場』

 

 平成10年まで営業していたのだけれど営業不振により閉業。

 その後、歴史的建造物と言うことで保存活動発足。

 江別市が取得して平成28年に商業施設として再利用された物件でありやす^^

 

 江別の煉瓦の最盛期は昭和30年代と言われていて、当時14~15社が林立してたとか。

 その中のひとつと言ってもいいのかもね^^

 

(※昭和30年代に何故、こんなにも煉瓦需要があったか。日本の他地域では煉瓦がコンクリへと需要が奪われていた時代ですよ?

 

 その答えの一つには北海道特有の需要があったからっす。

 それはーーー煉瓦造りのサイロとか未だに見かける各お宅の煉瓦の排煙塔っす☆)

 

 EBRIの『EB』は江別のEB。

 じゃあ~残りの『RI』は?と言うとーーー

 

 江別の代表的産業である煉瓦工場たち、

 すなわち『BRICK』から取った造語なんですって!

 考えた人センスあり過ぎ素敵過ぎ(*´д`*)

 

 私ってば、お兄ちゃんみたいな廃墟好きとは違って、こういう歴史的建造物を再利用して今に残すってとっても大好き☆

 

 じゃあ~せっかく来たんだから江別市に残る数少ない煉瓦遺構を中も外も見て行きやしょうね(*´д`*)

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 壁面はイギリス積み

 

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 ちなみに『新築』『増築』『解体』『復元』などを行っているので、

 旧ヒダ工場のモノホンの煉瓦ちゃんが見れるかどうかはわかんないんだけどねw

 

(※建物の素体自体は昭和26年に火事で焼失し、同年に再建した建物なので、そこまで古いのかと言われるとどうか)

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 ん?

 でもところどころに旧時代の煉瓦ちゃんが見え隠れしてるね^^

 

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 煉瓦の軒下っぽいところは改修されてるので別の場所に行ってみようっす。

 

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 ここはコの字型を描いた入り口付近。

 そこにはーーー

 

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 如何にも昔の煉瓦ちゃんぽいとこがチラホラ☆

 

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 こっちには軒下煉瓦ちゃんもあったので煉瓦刻印チェッキーノ!

 

 うーん・・・

 一応、双眼鏡でも粗方見てみたけど刻印ぽいのは無かったかなあ^^;

 

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 さてさて、建物の裏側へとやってきやした。

 そこには煉瓦の煙突が聳え立ってるじゃーありませんか(*´д`*)

 

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 さっそく刻印は無いのか!?(*´Д`)ハアハア

 ・・・って探すけれど見れる部位がすっくない!

 

 ちなみにこの煙突は保存するために一度解体されてたりするっす。

 

 外観からは刻印も望めそうにないし、一縷の望みをかけて中にでも行きやしょうか^^;

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 中は江別や道内の名産をふんだんに扱ったアンテナショップが所狭しとありやした(写真無しw)

 

 ランチしてこーかなあ~ってとっても誘われるんだけど、

 この後、私は『ある、煉瓦施設のレストラン』へ行く予定だったので泣く泣く我慢したっす(´・ω・`)

 

 さて、煉瓦話に戻りやす。

 内観はかなり造り替えられちゃったのか?

 と言うとーーー

 そうでは無かったです。

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 天井こそ鉄筋入ったりしてますが、むしろこちらの内壁こそ当時の煉瓦だろうと思わせる煉瓦が多かったのです^^

 

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 もしかしたらば、じっくり探せば刻印もあったかもだけどお、

 人が多いし怪し過ぎりゅので簡単に見えそうなとこだけ見て脱出しちゃったよアハハw

 

 で、この自分の根気の無さに後で後悔することとなる・・・

 

 実は、あの煉瓦煙突が立っている裏側には駐車場があるのですが、そこからエブリへの敷き煉瓦ちゃんに、

 

 なんと煉瓦の刻印が多く見られるとのこと^^;

 

 煉瓦刻印ハンターって自分で勝手に思ってた自分が情けないっすマジで^^;

 

 この記事を見たアナタ。

 どうかこのエブリに立ち寄ることがあったならば煉瓦の刻印を探してみてちょ☆

 

 さて先へと進みます。

昭和25年江別・地図.jpg

 これは1950年代のここら辺。

 よく見るといっぱい窯業工場の地図記号があるでしょ?

(なんだよ・・・エブリの斜め向かい側も工場だったのか・・・^^;)

 

 せっかくなんでこの煉瓦工場があっただろう場所を探しつつも次の目的地へと行きやしょうず^^

 

 さてこの当時は路線が二手に分かれていましたが今はイチ路線。

 エブリの脇道からどうやら線路の向こう側へと行けそうなので行ってみやしょう。

DSCF5411.jpg

 線路を潜り抜けると目の前はイオンがありやした。

 ここもかつてはーーー

 

イオン・団地・1975.jpg

 1975年代の航空写真を見る限りでは煉瓦の工場だったみたいっすね(図①)

 さて更に真っすぐ進むよ!

 

DSCF5412.jpg

 進んでいくと赤色の平屋の建物が見えてきやした。

 

DSCF5413.jpg

DSCF5414.jpg

 近づいてみるとアララ!

 煉瓦の建物じゃん(*´д`*)

 

 でも煉瓦タイルとかじゃね?っと注意深く見てみるとーーー

DSCF5415.jpg

 いや!

 バリバリ煉瓦積みだよね?ココ。

 

 更に進むとーーー

DSCF5416.jpg

DSCF5417.jpg

DSCF5418.jpg

DSCF5419.jpg

 同じような煉瓦造りの平屋が何棟もありやした。

 

 も、もしかしてコレって・・・煉瓦工場に勤めていた従業員さん達の社宅とか?と、ちょっと色めきだすわたし(*´д`*)

 もっと間近で見たい!と思ったんすが、

 んー・・・でも立ち入り禁止になってるんだよね~

 しかもこの裏手側の広大な敷地は衝立建てて大規模工事中。

 

 煉瓦工場跡地だったのか?

 それとも別の建物?

 再開発か何かをしてるのか?って疑問に思った。

 

 するとーーーちょうどそこにお爺ちゃんが通りかかったので思い切って『スミマセン^^ここは何ですか?何だったんですか?』と聞いてみたの(ほんとの話よ?)

 

 そしたら『あ~ここ?ここは昔、市営の団地だったんだよ^^』って教えてくれたんす^^

 

 団地かあー

 

 市営の団地が煉瓦の平屋だったのか

 

 それはそれで煉瓦のメッカに相応しい感じだよね^^

イオン・団地・1975.jpg

 再び登場の1975年頃の航空写真。

 図②の場所が今いる場所。

 

 1960年代の写真を見たら空き地だったんで、1970年代に造られた江別市市営団地だったのかも。

 

 でもさあ~煉瓦造りの団地ってすごいよね!

 当時の写真があったら見てみたいよお~♪

 

 残念ながら今見た物件もそのうち解体されるのだろうけど、

 ある意味煉瓦工場の遺構とかよりも『この江別市が本当に煉瓦のメッカだった』って思わせる物件だったのかもしれませんね^^

 

 さてと、次も江別市に残る数少ない煉瓦物件へと向かいやしょう^^

 それはここから数分のところでしたーーー

 

 次回へ!


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琴音の煉瓦刻印発見録♪『江別屯田兵第三大隊本部火薬庫跡の刻印☆』 [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『北海道煉瓦は時代によって繁栄した地域も変遷しました』

 

 明治初頭の開拓使時代は主に札幌の白石区(北斗の茂辺地もあるが)

 そして明治中期となるとその近隣である『江別』もしくは『野幌』が北海道煉瓦の一大中心地へと変わっていくのでやんす^^

 

 さて、ちょっと旭川でラーメン食べると言う寄り道しちゃったけれど行きやしょうか!

 北海道煉瓦のメッカ江別市へ(*´д`*)

琴音の煉瓦刻印発見録・江別屯田兵第三大隊本部火薬庫跡の刻印2.jpg

DSCF5359.jpg

 やって来たのはもちろん江別。

 ここ江別駅から野幌駅界隈までは『北海道煉瓦の一大生産拠点だった』とです^^

 

 流石に震災やコンクリの台頭、煉瓦需要の減少もあって現役工場は今や数棟だけれども、それでも今なお煉瓦生産量は日本一!(シェア20%)

昭和33年頃の野幌の窯業工場群の概略地図アレンジバージョン.jpg

 これは昭和30年代のこの地域図。

 

 関東の煉瓦工場群は昭和時代にはほとんど閉鎖廃退していたと言うのにこれだけの工場が存在していたのだからメッカと言わざるを得ないっすよね(*´д`*)

 

 さて、今日最初に向かうのは江別駅から歩いて7分くらいの煉瓦物件っす。

 そこは煉瓦マニアなら割と有名物件だと思うっす。

 なんせ『煉瓦刻印が見られるのが確定してる物件』っすからね(*´д`*)

 んじゃ~行きやしょうず☆

 

DSCF5360.jpg

 駅から三丁目通りって道を真っすぐ行くと学校跡が見えてきます。

 そこから左手の丘を登って行くと物件があるんすが・・・

 一応、学校跡のことにも触れておきやしょう。

 

 ココにあったのは『江別小学校』(明治19年開校。創立時は東江小学校。明治32年に現在の場所へと移転。平成28年廃校)

 その旧校舎は立派な煉瓦造りだったそうっす・・・

 近年まで残ってたんだからもっと早くここに来ていればよかった。

 私ってばすごーく後悔してるの。

 

 気を取り直して先へ進みましょうず^^

 丘を登りきるとソレはありました。

DSCF5361.jpg

DSCF5362.jpg

 うひょー!

 なんて素敵な煉瓦ちゃん(*´д`*)

 例えるならトランジスターグラマーかな。

 小柄だけどボッキュンボン!って均整の取れた体つき☆

 

DSCF5363.jpg

DSCF5364.jpg

 ここは『江別屯田兵第三大隊本部火薬庫跡』

 明治19年頃建造。

 

 北海道に唯一残る煉瓦造りの屯田兵施設なんす^^

 

 その説明書きにはーーー

DSCF5365.jpg

 この火薬庫に使われた煉瓦は札幌の白石にあった『鈴木煉瓦製』と記載されてたの。

 

 鈴木煉瓦と言えばーーー

鈴木煉瓦.jpg

 明治17年創業の北海道を代表する煉瓦工場だったところっす^^

 その煉瓦は『北海道庁旧本庁舎』『サッポロビール博物館(旧札幌製糖工場)』などの開拓使時代初期の有名物件に使われただけでなく、鉄道系煉瓦にも数多く使用されたそうっす。

 

 え?

 なんで江別が煉瓦のメッカって言ってるのにわざわざ札幌の白石の鈴木煉瓦が使われてるのかって?

 

 それは江別に煉瓦工場が数多く立ち並ぶようになったのは明治中期の24年頃からだったからね^^

 当然この火薬庫も札幌の白石産の煉瓦を使うしかなかった訳っす(もう一度言うけど火薬庫は明治19年頃)

 

 因みにそんな栄華を誇った鈴木煉瓦さんも、前記事の岩見沢レールセンター編で登場した『北海道炭礦鉄道』が江別市に(野幌に)大規模煉瓦工場を造ったおかげで衰退し、大正期に廃業したとです

(※それだけが理由じゃありませんよ? 江別・野幌の広大な土壌が煉瓦に適した土地柄だったことや、コンクリの時代に突入して都市部と化した白石区には不利だったこと、その他諸々様々な要因があった)

 

 さあ~随分と簡単に北海道煉瓦のメッカの変遷を紹介しちゃったんだけど、

 私はもうウズウズしてるの。

 それはもちろん煉瓦刻印を見たいからだべさ(*´д`*)

 っつーことでぇ

 レッツ煉瓦刻印探しスターーート!!!

 

DSCF5366.jpg

 入り口の鉄門扉は当然、後年に付け替えられたものでしょうね。

 

DSCF5367.jpg

 うわ、フランドル積みなんだね!

 都内では明治20~23年頃を境にイギリス積みが主流となっていったのだけれどお、

 北海道も同じなのかな?潮流(時代の流れ)って奴?

 

DSCF5368.jpg

 腰回りには少し色違いの煉瓦も使われていました。

 多様な煉瓦を焼いていたと言う鈴木煉瓦。

 焼き過ぎ煉瓦も塩焼き煉瓦も製造していたんだと思うっす。

 

 んじゃ、早速、軒下煉瓦ちゃんからいきやしょう^^

 見上げてみるとーーー

DSCF5369.jpg

DSCF5370.jpg

 早速あったよ!

『〇にSの刻印』(*´д`*)

 

 ん?

 でもすぐそばにこんなのも!?

DSCF5371.jpg

『Eの刻印?』

 それともーーー

『山の刻印?』かしら???

 

 わたしってば前情報では『〇にS刻印』があるって聞かされていただけだから、これには面食らった^^;

DSCF5372.jpg

 よく見るともう一つの屋根の隅にある軒下煉瓦にもE刻印。

 

DSCF5374.jpg

 その他は〇にS。思ってたより結構あるのね^^

 

DSCF5375.jpg

 さて裏手へと廻りましょうず。

 

DSCF5376.jpg

DSCF5377.jpg

 

DSCF5379.jpg

 すると屋根の4隅の軒下煉瓦ちゃんに『だけ』Eの刻印が存在していたのですよこれがまた。

 

 ・・・なんでだろ?

 

 これはどう考えても『意図的』

 でも~その意図は読み取れない^^;

 何か風水的なものなのかな???

 

 その他にはーーー

DSCF5380.jpgDSCF5382.jpg

DSCF5383.jpg

 〇にS刻印が10数個確認できたっす(多いねw

 

DSCF5384.jpg

 んじゃー、腰回りの焼しめたっぽい煉瓦ちゃんの裏側も覗いてみることに。

 そしたらばーーー

 

DSCF5385.jpg

 一個だけ刻印を見っけたよ☆

 釉薬煉瓦だったら刻印も無いと思うし(あっても塗り潰れちゃう可能性大)

 焼き過ぎ煉瓦ちゃん確定なのかな^^

 

DSCF5386.jpg

 ぐるっと一周してまた元の正面へ戻ってきました。

 

 あらためて見ると火薬庫にしては屋根周りがとても立派。

 むしろ火薬などの爆発物を収納するのにこんなに凝った意匠でいいのかな?とか思ったっす。

 

 本当に火薬庫だったのかな?

 もしくは実利以上に立派にすることで大隊本部の威厳を保っていたのかも。

 

 さて次回も江別駅~野幌駅間をブラブラしやす^^

 消えてしまった煉瓦、再利用された煉瓦など登場です。

 

 あと、この『Eの刻印』は覚えておいてくださいね。

 北海道煉瓦シリーズの最後に再登場するっすからw

 


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琴音の煉瓦刻印発見録♪『ちょっと岩見沢レールセンター編☆』旧北海道炭礦鉄道岩見沢工場材修場 [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『北海道旅行三日目に偶然出会った煉瓦ちゃん』

 

 今日はその煉瓦ちゃんについて語ろうかと(ほとんど受け売りです☆)

 

 三日目は、北海道の煉瓦と言えばココだろうってとこを目指すつもりだったのだけどおーーー

 位置ゲーの『駅メモ』の路線コンプを目指しちまって、旭川まで無意味に向かっちゃった私w

 

 ---するとですよ!

 乗換駅で素敵な煉瓦物件が遠くに見えたから、さあ大変!

 次の乗り換えの電車までタイムリミット僅か。

 走って駆けつけたその煉瓦物件とは???

 いざスタートでやんす(*´д`*)

岩見沢レールセンター編.jpg

 やって来たのは岩見沢駅

 ここから特急に乗り換えて旭川へ。

 んーーでも、2~30分くらい時間がありゅのです。

 一旦駅舎を出て缶チューハイの追加でもしよっかなあーでへへ(*´д`*)って、

 思ってたら!

 ホームから何か見えるの!

 なんかすっごい建物が見えたのよ!

 

DSCF5351.jpgDSCF5345.jpg

 あれってーーー・・・

 

DSCF5346.jpg

 絶対!煉瓦の建物やんかああーーーっ!!

 しかも見るからにかなり大きな煉瓦建築う!

 

 ・・・ここで腕時計と睨めっこ。

 駅から直ぐ物件だけど、時間的猶予は15~6分。

 っつーことで駆け足で向かうことにしたんす^^;

 

DSCF5347.jpg

 はあ~ん♡

 ぐおおおー!

 かなりの大物じゃないのコレは!(*´д`*)

 

DSCF5348.jpg

 よくよく見上げてみると開拓使時代の『官な建物』には必ず付いてるシンボリックマーク『五稜星』があるじゃん!

 ・・・つーことはかなり古い煉瓦構造物なのかな???

 

DSCF5349.jpg

 急ぎ足で外見を舐めまわすミッションすたーと!

 

brick岩見沢.jpg

 パッと見はイギリス積み。

 使ってる煉瓦は普通赤煉瓦では無く、焼しめたのか塩煉瓦なのか?黒褐色で色ムラのある煉瓦積みっす。

 

DSCF5350.jpg

 本当ならば建物の真下から軒下煉瓦を撮影して時間の許す限り刻印探しをしようと思ったのだけどお、

 現在も何かに使用されているらしくて柵が設けてあり

 敷地内に入れないので道路側から斜めに望遠・・・^^;

 

 でも時間的にも角度的にも流石に無理があるw

 結局のところそれらしいものは見つからず(´・ω・`)

 

DSCF5351.jpg

DSCF5352.jpg

DSCF5353.jpg

 こっちは駅側とは反対側。

 そこにも五稜星。

 でも駅側と対になってる訳じゃ無く道路側にありました(?)

 随分変則的な建物だなあ。

 

DSCF5354.jpg

DSCF5355.jpg

 柵の周りには幾つか欠落したものなのか煉瓦片が散らばっていたのでパチリ。

 色々見たのだけれど、一つの煉瓦工場で造った煉瓦なの?ってくらいに色合い・風合い・質感がバラバラに見えたんすけど^^;

 

 もしかしたら色々な工場から募った煉瓦なのか、

 改修増築を重ねて年代が様々なのか、

 もしくはとても年代が古くて機械化される前の煉瓦製品なのか?

 

 このままじゃ何も分からないので早速調べてみることにしたっす。

 

 ココはーーー

『岩見沢レールセンター』って場所。

 JR北海道のレールの加工を一手に引き受ける施設なんだって。

 んじゃー、昔からそうだったの?って言うとーーー

 やっぱりそこには古い歴史が隠されていました^^

 

岩見沢鉄道院工場.jpg 

 元々は1889年に北海道の鉄道並びに炭鉱業の発展の為に政府から補助を受けて設立された

『北海道炭礦鉄道』

 

 その北海道炭礦鉄道の車両製造、もしくは修理の為に造られた『岩見沢工場材集場』と言うのがレールセンターの前身なんだって^^

(1899年竣工)

 つまりは明治も明治。明治32年から国有化の変遷を経てもなお使われている

『現役としては国内でも最古の鉄道系修理工場建造物』なのよね^^

 

大正4年岩見沢繁盛記より.jpg

 この北海道炭礦鉄道には渋沢栄一先生も一枚噛んでいたとか(経営陣は官庁派遣の人ばかり。ご意見番と言うことで大株主筆頭で渋沢さんが居た訳) 

 

 正直、ゲームの為に旭川まで寄り道しに行くんじゃなくって、ここでじっくり見るべきだったかな?と今では後悔してる感じ^^;

 ちょっともったいないことをしちゃったかもだわさw

 

 さて、急ぎ足で岩見沢駅へ。

DSCF5356.jpg

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 すると近代的になっちゃった駅舎南側壁面にイマドキ煉瓦ちゃんではあるけれど、

 刻印と言うか文字が刻まれていることに気づく。

 

 これは『岩見沢レンガプロジェクト』と言う企画で、

 現・岩見沢駅が開業時に(2009年

 駅舎煉瓦外壁に自分のイニシャルなどを刻印出来ちゃうぞ!って募ったものなのだそう。

 

 くうーーー!

 こう言うの前から知ってれば私もやってみたかったなあ~^^;

 赤れんが庁舎の前庭の煉瓦もそう。

 ココもそう。

 つくばエクスプレスの守谷駅前にも小学生たちの描いた刻印煉瓦ちゃんなんかもあったなあ~そう言えば。

 

 ほんとなら今どき煉瓦ちゃんに興味はないけれど、こう言う煉瓦を使った参加プロジェクトは興味あるかもだよん^^

 

 因みにこの岩見沢レンガプロジェクトで焼かれた煉瓦ってのは『北海道・江別市産』なんだって。

 

 そう。そここそこの後向かう場所。


 そしてその江別こそ北海道の古煉瓦を求めるならば行かなきゃならないとこ

 

 日本の煉瓦史を語る上では絶対通らなければいけない土地なんです^^

 


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琴音の煉瓦刻印発見録♪『北海道小樽編ぱーと②旧手宮線☆』 [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『廃線の有効利用』

 

 かつて存在した鉄道路線。

 経営不振や戦争エトセトラで廃線となった路線は日本に数多く存在するっす。

 

 その跡地はーーー

 野に返ったままのとこもあるけれど、

 民地として売ったり、

 サイクリングコースになったり、

 県道や市道へと変貌したり、

 遊歩道として活用されていたりしやす^^

 

 もしかしたらあなたが今歩いている通勤通学の道も、かつては鉄道路線だったりーーーなんかあったりもするかもね☆

 

 さて小樽に到着して運河へとやってきやした。

 かつて港湾都市として非常に栄えましたが、

 海運・船運だけで小樽が決して栄えた訳じゃない痕跡を探ってみることにいたしやしょうず^^

琴音の煉瓦刻印発見録『小樽ぱーと②』.jpg

DSCF5291.jpg

 と、その前に小樽運河で一番目立つ煉瓦物件へと向かいやしょう^^

 う~ん、水面に映えるよね~赤煉瓦ちゃんてやっぱり(*´д`*)

 

DSCF5285.jpg

 運河側からじゃ接近出来ないので裏手側になる方へむかいやした。

 運河側は背の高い倉庫跡っぽい感じだったのに、

 こちら側は窓を見ても二階建てがせいぜい。

 一体、ココは元々何だったのか???

 

DSCF5286.jpg

 これがまた見上げてみると面白い壁面じゃないですか!

 

 大体の部分は長手積みと言う実にシンプルな壁面だけれども、

 窓のある二階部位の壁面は『平面の縦積み!』

 なんでまたこんなチグハグな積み方を?

 

DSCF5287.jpg

 今現在は『小樽運河レストラン輝』と、飲食店に再利用されてるっすけど、

 

DSCF5288.jpg

 元々は『旧篠田倉庫』と言う歴史のある煉瓦倉庫の名残だったみたいね^^

(大正14年建築。木骨煉瓦造り)

 

 残念ながら運河側の煉瓦壁などは平成の改修工事でソレっぽい煉瓦へと造り替えられているみたい。

 

DSCF5289.jpg

 じゃあ~反対側のコッチはどうなんだろ?

 すると目の高さにも平面積みの部位があったので早速チェック!チェック!

 

DSCF5290.jpg

 う~ん・・・

 断定はできないけれど、質感やモルタル・煉瓦面のキズを見る感じじゃコチラ側も大きく改修されている気がするっすね^^;(この縦に並ぶ横キズは古い煉瓦ちゃんよりホームセンターで売ってる煉瓦によく見るキズだし)

 

 レストランに入って内壁でも調べれば昔の煉瓦に出逢えたかもだけどお、

 今日の目的はココじゃ無いし、観光用煉瓦建築には興味無いので先へ急ぐことにしやしたw

 

DSCF5292.jpg

 さて再び戻ってきましたよここに^^

 ココはもう一度説明するんすが『旧・手宮線』の跡。

 

小樽昭和50年代.jpg

 明治13年開通。

 北海道の貨物線としては

 一番『古かった』路線っす^^

 

大正4年小樽駅周辺地図.jpg

 昭和に入ってから旅客業もすることになったっすけれど、

 う~ん・・・

 大正期の地図を見てもらっても分かると思いやすが・・・

 中心街を通るとはいえ短絡な路線。

 元々の利用客のパイも少ないっすよね^^;

 しかも当時は今のような観光の町でもなかったっす。

 

 港湾都市としての役目も太平洋側の苫小牧などに奪われ(そりゃ~そうだ。関東などの大きな都市からの輸送でわざわざ遠回りさせられるよりも、苫小牧で荷を下ろして陸運した方がいいしね)

 貨物輸送の激減、旅客の利用激減により、

 昭和60年に廃止されたとです。。。

 

 で・す・が!

 市民や小樽市は色々と諦めていなかったの^^

『いつか、いつの日か復活させたい』

『それまでにはどういった保存をすればよいのか?』

 

 協議を幾度も重ね

『いつの日かの為に』

 遊歩道などのオープンスペースとして残されることになった訳っす^^

 

 んじゃ、この先に用事があるので闊歩闊歩いたしやしょうず☆

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 お!

 いきなり煉瓦ちゃん発見(*´д`*)

 せっかくなので寄り道w

 

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 刻印とかは無かったけど、かなり古そう。

 これも旧手宮線の関連なのかな?

 もしくはこの付近にある旧日本郵船に関連ある煉瓦かしら?

 

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 そろそろ目的地も近づいてきたところで広々としたスペースが!

 ここは旧手宮駅入り口付近のたくさんの引き込み線跡。

 

DSCF5297.jpg

DSCF5298.jpg

 そしてやってきたのはココ。

『小樽市総合博物館』っす^^

 元々は旧手宮駅。

 博物館に至るまでの変遷は割愛しちゃうけど(重要だけど長くなるので)

 簡単に言うなればここには『北海道の鉄道史がギュッと詰まってる博物館』なのだ(*´д`*)

 

DSCF5299.jpg

 入るとさっそく出迎えてくれたのは『旧手宮口転車台』

 

DSCF5300.jpg

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 そこから先はかつて北海道を駆け巡っていた車両たちの展示スペースになってるとです。

 私がてっちゃんだったらば嬉ションしちゃうくらい発狂してたかもだけど、

 そうじゃないので先へ行きますかw

 

 でも・・・

 でも・・・

DSCF5302.jpg

 ここって中にも入れるのね!(興味が無くてもワクワクする☆)

 

 せっかくなんで入ってみた(*´д`*)

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DSCF5304.jpg

 いい!すごくいいねココ☆

 

 昔を知る人、現役時代にこの車両にお世話になった人ならば、もっと感動するんだろうなあ~^^

 

 さてさて、私の本来の目的地へと進むことにするっす。

 それはこの『元・手宮駅の一番深淵にある』の^^

 

 当然それはもう見えていたんだけれど、

 それを間近に見た私はその佇まいに、ただただ『うわあ・・・うわああ・・・すげえ・・・』と呆けるのでした。

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 ぐおっ!(◎_◎;)

 

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 左も!(◎_◎;)

 

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 右の建物もデリシャス!プレシャスうう(*´д`*)

 

 はあはあ・・・

 取り乱してしまいましたすみませんw

 

 ここは旧手宮線の機関車庫(2棟)

 右の間口が三つあるのが『機関車庫3号』(明治18年建造)

 左の間口が五つあるのが『機関車庫1号』(明治41年建造)

 

 ん?なんで3号の方が古いのかって?

 分からんw

 とはいえこの機関車庫3号こそ、日本に現存する最古の機関車庫!

 しかも煉瓦造りのオマケつきい(*´д`*)

 

 と、とりあえず!

 3号さんから見ていきやしょう!!

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 それぞれの間口には機関車や列車が展示されていたっす。

 さっそく外観の煉瓦ちゃんを見て行こうかなあ~と思ったけれど、

 どうやら中にも行けるみたいなので突入することに(*´д`*)

 

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 車庫内の引き込み線は下部も側部も煉瓦積み。

 悔しいのが平面が露出してないのよこれが^^;

 

 すると屋内の壁際下がーーー

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 煉瓦の平面露出しまくり!(*´д`*)

 これは刻印見れちゃうかも?って期待したんすが!

 無かったあー(´・ω・`)

 

 するとだよ!

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 屋内の奥にかつての間口のアーチ部位?が保存されとったのよコレが!!!

 せっかくなんでガン見しやす!

 

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DSCF5318.jpgDSCF5320.jpg

 うがあーー・・・

 非常に怪しい傷はいくつもあったんだけどお、

 煉瓦の刻印と分かるものは発見できずでした^^;

 

 それならば外観の煉瓦ちゃんでしょ!と気を取り直して外へ。

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DSCF5322.jpg

DSCF5323.jpg

 うーん・・・無いか・・・見落としてるか・・・どっちかなあ^^;

 時代的には旧北海道庁の赤煉瓦と変わりのない建物だし、似通った刻印が見つけられると思ってたんだけど残念^^;

 

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 勿論1号の建物もチェックしたよ?

 でもコッチは半分ぐらい平成(8年)に修復されてたりするわけで^^;

 

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 ちなみに3号裏手には石積みの危険品庫もひっそりと佇んでます^^

 転車台やこれらを含めてすべてが『重文(重要文化財指定)』

 小樽に観光に来たならば、少し歩くけれどもココに来ても損は無いと思いやす。

 運河だけじゃないんだぞ!って知ってもらえたら幸いかな^^

 

 さてさて結局のところ刻印も何も見つからなかったのでタイトル詐欺じゃないか!って言われそうだw

 でも博物館の軒先にかろうじてこんなものを発見。

DSCF5328.jpg

『MTKの耐火煉瓦』

 

 うーん・・・これってもしかしたら、

 国内の耐火煉瓦工場でも屈指の古参であり今も現業の『三石耐火煉瓦さんのイマドキ煉瓦ちゃん』じゃないかなあ^^

 まあ~修復か何かに使ったんでしょうねw

 

 さて北海道シリーズ二日目はこの小樽煉瓦観光で終了。

 後は次の宿泊地『新札幌』へと向かうだけなんすが(札幌市内で連泊できる宿がとれなかったから)

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 小樽駅への道すがらに、もういっちょ煉瓦構造物を発見っす^^

 

DSCF5342.jpg

 もう小樽駅のすぐ傍でした。

 

 控え壁がこっち側に見えているってことは、今では駐車場となっている敷地に、かつて何かがあったんでしょうね^^

(※旧安田銀行小樽支店の裏側です)

 

 さて次回はショートショートな閑話休題的記事を挟みます。

 北海道での乗り換え時間に立ち寄った、ある煉瓦物件について記事にしようかと☆ 

 


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琴音の煉瓦刻印発見録☆『北海道小樽編ぱーと①』 [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『かつての北海道の中心地』

 

 それが小樽市。

 今や観光スポットで知られているけれども、かつては中枢機能を備えたはずの札幌よりも中心的土地であり、

 越境の人たちで溢れかえる活況の港町だったそうっす^^

 

 さて、札幌の赤れんが庁舎を見た私っちは『小樽』へとれっつごー。

 

 そこには、まだ数多くの煉瓦構造物が残ってたっすよ~(*´д`*)

 んじゃ、小樽編スタートっす☆

琴音の煉瓦刻印発見録『小樽1』.jpg 

DSCF5252.jpg

 はい来ました小樽です。

 子供の頃に来た以来だから懐かしいっす(*´д`*)

 

(※自分自身は18年ぶりかな? 彼女と来て雪の上で転びそうになった彼女を助けようとしたら、彼女の振り上げた拳でアッパーカットをくらい、その場で脳震盪・・・っちゅー嫌な思い出しかない^^;)

 

DSCF5253.jpg

 駅から見下ろす運河までの坂道も変わりな・・・

 いや!

 軒を連ねる店店が昔とぜ~んぜん違うじゃないのさw(そりゃ18年ぶりだしね)

 

DSCF5254.jpg

 スマフォのMAPアプリもあるけれど、せっかくだからと小樽駅で手に取った周辺案内マップは中国語バージョンかあ・・・^^;

 でもまあ・・・なんとなーく分かるからこれを頼りにとりあえず散策することに決めたっすw

 

DSCF5255.jpg

 とりあえず運河っすよね!

 坂を下って行きやしょうず^^

 

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 ふと、そこを横切るようにレール跡が。

 

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 旧手宮線

 北海道最初の鉄道にして、今回のワタシっちの小樽最後の目的地がこのエンドレールの先にある。

 でも後で行くので割愛w

 

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 なんか立派な石積みの建物が見えてきたっす。

 

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 ラーメンマーク?

 いいえ『雷文』って言う立派な呼び名がありやす^^

 

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 ここは『旧安田銀行小樽支店』っつー銀行の建物っす。

 昭和5年建造の鉄筋コンクリート造り。

 こんないかにも重たそうな建物だっちゅーのに、

 道路拡張の為に曳き家して元の位置から少し移動したってんだからスゲー^^;

 

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 さて坂を下りきると運河プラザと言う素敵な建物に突き当たりやした。

 ここは小樽観光のインフォメーションプラザ。

 元々は明治23年から27年にかけて築かれた『旧小樽倉庫』の再利用でもありやす^^

(石造り倉庫2棟、煉瓦建造の事務所棟1棟)

 

 立派な石造りと思いきやーーー

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 よくよく見れば腰回りは焼き過ぎ煉瓦ちゃんっすねこれ(*´д`*)

 煉瓦の平面も見えてるしー

 刻印無いかなあ~っと、この建物をぐるりとすることにしたっす♪

 

 したっけ・・・

 まったく刻印ポイのすらないのねw

 

 でも運河プラザの裏手を進んでいたら突き当りの先に素敵物件があったよ!

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 はうあう(*´д`*)

 

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 わきゃー(*´д`*)(誰かさんみたいなセリフ)

 

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 説明版を見る限り、ここは

『旧磯野支店倉庫』なんだそう。

 明治39年建築の煉瓦造り。

 

 新潟県佐渡の両津から東京のサラリーマンを経て小樽へやってきた磯野進によって建てられた味噌蔵跡。

 

 実はここ、かつては『再利用されていた物件』でした。

 その名も『海猫屋』

 1976年、喫茶店&ライブハウスとしてこの煉瓦ちゃんを活用し、

 その後はレストランとして多くの常連さんが全国各地から集う人気店だったとです。

 それも惜しむらくば近年閉店して倉庫代わりになったと(2016年閉店)

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 明治後期だからかイギリス積み。

 でも目地がぷっくり覆輪だよね^^

 お金持ちだったのかな?

(※磯野さんは小樽の実業家でもあり市議もつとめてる)

 

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 帯に焼き過ぎ煉瓦ちゃんも。

 

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 腰回りも焼き過ぎ煉瓦ちゃん。

 

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 玄関先に煉瓦の平面!

 思わず刻印探しちゃうw

 

 でもすっごく擦れてるの。

 明治後期から職人さんが幾度も足を踏み、

 昭和から平成まで海猫屋さんの味を求めて常連さんが踏みしめた跡なんだとも思うよ。

 

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 通れないけど店とお店の間にも素敵な煉瓦の影。

 

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 一応、無粋ながらもサッと軒下煉瓦も見まわしてみたけれど、刻印は見つからなかったかなあ^^

 

 さて、このエリアは『ここだけじゃなかった』

 ふと振り返るとーーー

 

 

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 なんかいかにもめっちゃ古そうな家屋。

 

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 川又商店?

 せっかくなので見ていきやしょうず(*´д`*)

 

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 よくよく見ると木造家屋の土台部位には煉瓦ちゃん!

 

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 ぐはー!

 通気口の鉄扉に刻まれた漢字がすこぶる歴史がありそうなのを語ってるよん(*´д`*)

 

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 ん?

 煙突かな?

 関東の旧家屋じゃ、とても無い組み合わせ!

 

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 焚口も当然煉瓦ちゃん(*´д`*)

 寒い地域ならではなのかな。

 

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 ここってどんな家なんだろ(だったんだろ?)って、気になって表玄関側へと廻ってみることに。

 そこには立派な『うだつ(防火壁)』が!

 

 うだつがある旧家屋なんて、けっこう裕福でも無い限りありえないからね!

 増々どういうお宅か気になる私(*´д`*)

 

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 そこには『旧早川支店』と言う説明版が。

 読み進めるとーーー

 明治38年建造の建物。

 新潟出身の川又さんが早川商店から暖簾分けして築いたものだそう(お茶や紙・文具等々など扱うお店)

 

 写真には撮らなかったけど、このお店の周りには目地の残る煉瓦塊がいくつも散らばってたっす。

 もしかしたらばかつては煉瓦塀にも囲まれていたお店だったのかもしれないね^^

 

 さて再び運河プラザの方へと回り込むとーーー

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 石造り2棟に挟まれた感じに旧小樽倉庫の煉瓦事務所棟がお目見え^^

 

 ぐるっと回ったけれど結局旧小樽倉庫には刻印ぽいのが無かったかな。

 

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 さて、このまま本日の目的地に行こうかと思いましたがーーー

 

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 どうしても小樽屈指の観光スポット『小樽運河』の中でもひと際目立つ『あの煉瓦の建物』は気になっちゃうよねw

 っつーことで、

 次回は小樽運河の煉瓦ちゃんと手宮線エンドレールの先にある建物のお話っす(*´д`*)

 


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